つきみそう

23年前出版した処女歌集の名

奥村土牛記念美術館

2008-06-18 | 国内旅行
 途中、奥村土牛記念美術館にも寄りました。日本画の大御所奥村土牛は東京出身ですが、戦時中4年間信濃に疎開されていたことからここに美術館が設立されました。1990年101歳で亡くなられるまで現役でした。その年にも院展に出品されています。亡くなられる4ヶ月前に美術館が開館。主に素描画を収蔵。印譜も50余りあります。
 下の写真は庭園の芍薬。池泉式庭園で、庭と建物だけでも見る価値はあります。
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奥村土牛記念美術館
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6 コメント

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Unknown (大五)
2008-06-18 16:35:07
信州には多くの方の美術館があるのですね。
matsubaraさんの毎日のブログを観てますと自分も一緒に訪問している気分になれます。

貴女様のブログをみてはネットをひらいて2度、3度と楽しんでいます。
ご紹介有り難うございます。

奥村土牛がお亡くなりになる少し前にNHKテレビで富士山にトライしている姿が放映されてました。
あれから何年経ったのでしょうかな?
Unknown (コスモス)
2008-06-18 18:10:51
こんばんは。
 今、アロマテラピーの講習会から戻りました。
自然のハーブの香りいっぱいのお茶を頂いて
とてもリラックスさせて頂きました。
 今日の日本画の奥村土牛しは私も知っています。
何年か前?もっと前でしたか?
展覧会で拝見しています。
 有名な方は素描画でも、見る価値は充分有りますね。私はむしろ素描画の方が、タッチが解かって好きです。
大五さま (matsubara)
2008-06-18 22:03:01
まだ他にもたくさん美術館がありましたが時間不足で寄れませんでした。14年前には萩原守衛の彫刻の美術館にも行ったのですが・・・

奥村画伯はテレビでも貫禄がありましたね。
死ぬまで現役ということが素晴らしいですね。
コスモスさま (matsubara)
2008-06-18 22:06:14
毎日ご多忙ですね。アロマもされているのですね。
色鉛筆画をなさっているので、素描画は参考になると思います。少し不便なところですが・・・
Unknown (Saas-Feeの風  )
2008-06-18 22:17:27
二葉館のステンドグラスを紹介を戴いた“つきみそう”で拝見しました。
室内から見るステンドグラスの気品のある美しさに見とれていました。
これはどうしても内部の見学をせねば・・との意を強くした次第です。
ありがとうございました。
奥村土牛記念美術館は黒澤家の建物を利用していることを知りました。
八千穂村には“井筒長”という銘柄を持つ黒澤酒造がありますので、おそらく黒澤酒造のご家族か縁者のかたの所有するたてものだったのでしょうね。
写真で見る建物に興味を持った次第です。
Saas-Feeの風さま (matsubara)
2008-06-19 08:32:32
過去のブログを見ていただきありがとうございます。

そうです。黒澤酒造の離れ座敷に奥村画伯は住まわれていました。昭和60年に八千穂村の文化施設として酒造会社から提供されたのです。
こちらも1度お出かけ下さい。

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