夜汽車

夜更けの妄想が車窓を過ぎる

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

嫁入りギター

2016年10月08日 15時19分12秒 | 日記
 19世紀ギターなるものが日本で普通に知られ始めたのは30年ばかり以前のことだろうか。珍しがりやの日本人は早速これに跳びついた。これを主に造る人も出て来たから買う人もそれなりに居るのだろう。一方でそういうのはレプリカといものであってオリジナルこそが【貴くアリガタイ】のであるとガンとして【古色蒼然たるキズだらけシミあかぎれオンパレードの楽器】と【カビの生えた音楽】に拘る人々も居る。まあ、夫々好みだから私などがゴチャゴチャ言うのは止そう。

 だが私個人の好みとしては音はともかくあのキモチの悪いカッコウ、糸蔵の気味の悪い造形、ブリッジのスマイルマークみたいな形、貝殻オンパレードのゴテゴテ装飾は見たくもない、無論触りたくもない。中でもファブリカトーレとか言うイタリアのギターはムスターシュ(顎髯)とか称する唐草模様がブリッジ下にごてごて貼り付けてあってキタナイ・・あれを素晴らしいという感性が解らない。

 聴くところによるとなんでも18,9世紀辺りには娘が結婚する時、弾ける弾けないは問題ではない、要するに花嫁の持ち物として華やかな造形物を道具類の中に入れたのだそうな。人称してこれを【嫁入りギター】と言う。

 私がギターを始めた事はカルカッシとかソルとか言うのがカミサマで猫も杓子も五も三もカルカッシだった。少し弾けるようになると禁じられた遊びだった。今にして思えば幼稚なものだが当時はいっぱしの音楽ゲージツカになった気分ではあった。いやお恥ずかしい!

 一年で飽いた。ナンダツマラナイ!・・ところがこの19世紀ギターとやらで当時の神様ソルだのアグアドだのと言う作曲家の曲を聴くとそこそこ聴けることにびっくりする。つまりどうやら音楽は時代と共にあり、それと連動して楽器もある。だから19世紀ギターでピアソラのオブリビオンを弾けはするが音楽にならない、バリオスのカテドラルもオモチャのマーチみたいになる。やはり19世紀嫁入りギターは嫁入りギター・・テケテケチャンチャンチャン・・のロンドがお似合いである。

 だが、モダンギターもこの幼稚な伝統を引きずっている。つまりバイオリンやチェロ、フリュート
トランペット等の楽器に較べて【耳、音】に関与しない【工芸品】的な側面、装飾があるのである。意地の悪い私の観念には【楽器としての本来の性能】つまり音に自信がないから目でごまかそうとしているのだろう。そんな嫁入りギターの息子のようなモダンギターには興味がない。

 ところが・・ないんだな、これが、無用の装飾がないモダンギターが地球上にない。意地の悪い推測だが多分無装飾のギターを作ったら売れないのだろう。・・という事はギター弾きはプロと雖も半人前である。いやしくも音楽家を名乗るべきではない、芸術家ではなくゲージツカである。サーカスのジンタ・・・あの『空に囀るトリの声、峰よりおつる滝の音・・』のあれの延長線上である。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ギターとリュートについて | トップ | 恐ろしい夢-1 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事