夜汽車

夜更けの妄想が車窓を過ぎる

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今度は思い通りにはならないぞ、と神のようになりたい・・・同じ

2016年12月20日 14時39分27秒 | 日記
 ひらめ 様、『汝は油注がれたケルブにして・・・汝の中に悪の見ゆるまで汝は全かりき・・』アダムとエバを見守るべく仰せつかった天使(聖書では実際的な働きをするケルビムと霊的な事柄を司るテラピムと、その他大勢、み使い(キューピッドじゃないかな?)が居たようだ)に邪心が生じた。

・・自分は人間界に対して神の代理、では自分が神として振る舞っても?・・その思いを思い続け思い続けてついに発した言葉が『エバさん、知恵の実を食べてはいけないと神は本当に言ったのですか?』だ。これをアダムからのまた聞きでしか知らなかったエバに謎かけしたところが『邪悪』、悪賢い。

 つまり【神のようになりたい】はその底に【神、なにするものぞ】の敵愾心がある。従ってそのものの憑依を受けた人間の【高く上がって神に近着きたい】と【今度洪水で我々を流しさろうとしてもそうはさせないぞ】は同じ動機【神に対する自己主張】があった、だろうと愚考します。
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1 コメント

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Unknown (ひらめ)
2016-12-20 22:55:40
芋瀬様
ひらめ様・・ってお呼びになられましたか?(^^)ちょっとびっくりしましたよ~
まずは先日の件では肝が冷えましたね・・芋瀬さんが大和心様のところにまた戻ってきて頂いて本当によかったです。

私は聖書に疎いのでいつも芋瀬さんの聖書の謎解き、難しいですが興味深く読ませていただいています。大いなるバビロンとは宗教、その人間の反撃・・私が普通にただ読んでみても、絶対閃かないと思います。

私は今では「神」という概念はなにか違うな、と思うんですよね。それは「人間」からみた概念であって。本来は霊的な進化の先輩、というような感覚です。先を行くもの、というか。しかし人間から見れば「神」としか言いようが無い光り輝く叡智の存在です。
古代の人間はその「神」に頼りすぎた、そして「神」も人間をコントロールしようとした。。そういう歴史があったのではないかな、と考えています。そういうのが神話として残っているのではないでしょうか。

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