夜汽車

夜更けの妄想が車窓を過ぎる

人生を振り返る

2017年06月20日 08時26分07秒 | 日記

 残念ながら女の子は持てなかった。一人ぐらい欲しかったが男子2人で終わった。まあ、何事も神の思し召し。

   二人の息子達の背中を遠くから見る立場になって必然的にだろうか、自分の来し方を振り返るようになった。そして、今まで何故だか判らなかった事の意味に気が付き始めた。

 中学の同窓、先生方が一様に言うのは昔と全然印象が違う人間になった、と言う事である。大学では『かわいいニホンザル』と評された。おそらく小中学校での印象もそうであったろう。今から、と言う時に会社が倒産同然で傘を無くした土砂降りの中での七転八倒の生活、抑えられていた鬱屈が噴出して『かわいいニホンザル』がヨタ猿になって生きた。

 もう時効だから言おう、子猫を三匹ばかり蹴り殺した。飼い猫を次々にイビリ追い出した。それをやったあとの悲しい心を家族は知らない。自分は何故こんな酷い事をするのだろうと思った。でも今は分る。両親が同居させてもらった外祖父母、それに両親、これらの人々は外見上はそれなりに私を大事にした。

 しかし、この『こじんまりと丸っこい、大人しい、かわいい日本猿』の【自我、意思】に関してはまるで拾って来た子猫同然の扱いだった。私は愛玩動物である一方でその範疇を出る気配を見せた途端に蹴飛ばされていた。

 会社の傘が無くなったと言う事態はこの愛玩動物がそのままでは世の荒波を乗り切れないとの現実を見せた。行き掛かり上、仕方なく私は尾羽打ち枯らした鳥、汚れたヤクザな猿として生きなければならなかった。母親は頑強に、私の首輪を握り続けた。父親はピーターパンで己の世界に遊んでいた。生涯一度も父は私を【男の立場】としてカバーすることも助言することも無かった。祖母は、ネチネチと遠回しに私の家系を貶した。

 私の心は燃え上がる憤怒の炎で騒いでいる。と同時に、捨て猫同然の扱いを受けていた悲しみが溢れている朝起きて、就寝まで、いや、就寝中も祖父母や両親に対する憤怒が燃え盛っている。それは肝臓を傷め、腎臓を傷め、やがて脳を傷めるだろう。

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