終には覚むる夢の世の中 part2

終に前ブログはACCESS不能に。新たに此方で情報を共有させて頂きたいと思います。引き続き、よろしくお願い申し上げます。

本質

2017-07-23 17:35:29 | 世界の過誤
  1. コブラ 原発電気代詐欺 開戦 日猶同祖論=第三神殿=選民死相 検閲 金融詐欺 暴言 ET 電磁波』


上記の貴重な記事、アメブロで削除されていた!!!

世界の勢力争い・日本を最後の砦として盤踞する世界勢力・
日本国内での客家や反日天皇やらの日本乗っ取り争い等についての記述が
問題なんだろうけれど、そんなもの知る人は知っていますから!
今更往生際の悪いこと☆

 
 
 

まるで押し売り…

裁判所が決めた「監督人」に高額請求される家族急増

成年後見人制度の知られざる闇

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52332

 

成年後見制度の本来の目的は、認知症高齢者の財産を守り、高齢者の活動を手助けすることにある。

ところが、家裁と司法書士が取った行動は、認知症高齢者の財産を理不尽に目減りさせるだけで、

合理性がどこにもない。合理性がないからこそ、家裁は監督人をつけた理由を主婦に説明できないのだろう。


実はいま、水面下で、これと似たようなトラブルが多発している。

その実態が表に出にくいのは、多くの市民が、家裁=国家と司法書士・弁護士ら法律家を相手にして、

泣き寝入りしている現実があるからだ。

筆者は、投稿者の女性と同じようなトラブルに巻き込まれた人を、これまでに何人も取材している。

 

そもそも、家裁の元締めである最高裁家庭局は、親族が後見人や保佐人、補助人になると、

認知症の人の預貯金を使い込む恐れがある、と見ている。

そこで、認知症の人に一定の基準額以上の預貯金がある場合は、

使い込み防止のために、二つの対策を取っている。

一つは、今回の投書のケースのような保佐人と補助人に対する対策で、

使い込みができないように弁護士や司法書士といった第三者の監督人を監視役として、

事実上強制的につけるもの。

もう一つが、親族後見人に対する対策である「後見制度支援信託」(後見信託)で、

日常生活に使う金額以外は信託銀行に信託させ、家裁の承認なしに

親族後見人が預貯金を使えないようにする仕組みだ。

そして、もし親族後見人が信託に同意しない場合は、事実上のペナルティとして、

家裁が後見人に対して監督人をつける。こちらも強制的なものだ。


引用ここまで



メッセージが降ってきた直後に

http://ameblo.jp/46493236/entry-12291118776.html

①世界初「すべて無料」のスーパーの誕生

世界初「すべて無料」のスーパー、値札なし、レジなし(朝日新聞)

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170708-00000023-asahi-int

 

<引用開始>

 

オーストラリアのシドニーに「すべて無料」のスーパーができた。

賞味期限切れ前でも処分されてしまう食品を、大手スーパーなどから譲り受けて提供する。

まだ食べられるのに廃棄される「食品ロス」問題に対する意識を高めてもらい、

生活に困っている人々の支援も狙う。



【写真】客は選んだ商品への支払いは求められず、自分の意思で寄付ができる。

専用の箱(左)には「1豪ドル(約83円)の寄付で2人分の食事が届けられます」とある=シドニー、小暮哲夫撮影



 シドニー南部の「オズハーベストマーケット」。

約200平方メートルの店内に果物や野菜、パンやコーンフレーク、ビスケットなどが並ぶ。

値札はなく、レジもない。

客は買い物かご一つまで品物を手にできる。

 運営するのは、2004年以来、オーストラリア各地で支援が必要な人に計6500万食を提供してきた

市民団体「オズハーベスト」。


ロニ・カーン最高経営責任者が「これを見てください」と示したのは賞味期限まで4日あるヨーグルトだ。

大手スーパーではもう売れず、引き取った。

こんな食品ロスの問題について「理解を深めてほしい」と言う。

客にはスタッフが個別に付いて、説明をしながら選んでもらう。

小売業者などから譲り受けた食品を売るスーパーはデンマークにもあるが、

「無料」なのは「世界初」という。



 開店時間は平日の午前10時から午後2時まで。

毎日150人ほどが来店し、約2千点の品物の大半はなくなる。

客には寄付をお願いしている。

4月の開店から5週間で2万豪ドル(約170万円)が集まった。

寄付は食事提供事業の費用にあてられる。


客のジェニー・モーガンさん(42)は野菜やビスケットを手に

「十分食べられる。困った人の手助けもしたい」と話した。

無料でも運営できるのには理由がある。

約10人のスタッフはボランティアで、家賃や光熱費は趣旨に賛同したビルのオーナーの厚意で無料。

こんな条件が満たされれば、別の場所でも展開したいという。

 食品ロスは豪州でも課題になっている。

シドニーのあるニューサウスウェールズ州の09年の調査によると、

平均的な世帯で年に1036豪ドル(約8万6千円)に相当する食品を捨てているという。

(シドニー=小暮哲夫)

 

<引用終わり>

 

個人や特定のコミュニティなどで、無償提供や共用などをしている活動が

世界中で多く見られるようになってきた昨今。

 

こうして「スーパー」という大きな規模で、無償提供(実質ドネーション『寄付』制)をする試みは

世界初だそうです。

 

そしてじっくり観てみると、ボランティアのスタッフ、ビルのオーナーなど、

この無料のスーパーの背景にも、しっかりと『無償提供』が行われているのが分かります。

 

つまり、単なる無償提供ではなく、『無償提供の循環』が行われているということが観えて来ますね。

 

こうして、このスーパーから実際に無償提供を受けた人や、この活動の影響を受けた人の中からも

同様に自分の仕事のスタイル(在り方)を、従来までの値段や価格を設定し、

対価・見返りを求める姿勢から、無償提供する、または寄付制(一時的)の姿勢へと切り替える人が

続出するであろうと予想されます。

 

そうなればますます、無償提供の循環の規模そのものが拡大されることでしょう。

あらゆる人が、あらゆる場所で、あらゆる分野で。

 

また、この取り組みに関して、日本でも様々な物議が生じているようです。

 

純粋に応援するコメントもあれば、懸念的かつ否定的なコメントもあります。

 

そこにはどうやら、愛に基づいて(統合意識で)書かれたコメントなのか恐れに基づいて

(分離意識で)書かれたコメントかという違いがあるようです。

 

コメントから、その人の意識状態が垣間見えます。

同様にして、この「無料のスーパー」の活動を知って、恐れに基づいた思考が働いた人は、

それを注意して観察してみてください。

 

そして、こうしたニュース、また取り組みが身近なところで始まった時に、一番肝心となることは、

『他人がどう(する)であるか?』

ということではなく、

『あなた自身がどうする(したい)か?』

ということなのです。

 

同じ様な活動を始めたいと思ったか、同じ様なスタイルで何かを提供したいと思ったか、

応援したいと思ったか、あなたの意志で採る選択だけに、集中するのがベストだと思われます。

 

他人の行動や粗探しに夢中になるばかりに、

「自分がどうしたいのか?」「どんな世界に住みたいのか?」

ということをすっかり忘れていた、なんてことにならないように心掛けましょう。

 

『○○なことをする人が出てくるだろう』という悲観的なことを考える必要も在りません。

そうした未だ起こることが確定していない幻想に意識を集中させてしまうと、

その幻想を前提とした行動を採りがちとなります。

すると、その行動が実際に、その恐れた幻想を現実に具現化してしまうのです。

 

例えば、モノ不足になることを恐れて、自分さえ良ければいいという分離意識の下で、

各個人で食糧をため込んだ結果、今それぞれに必要なモノが皆に行き渡らなくなり、

奪い合いも激化し、実際にモノ不足を引き起こしてしまうといった様なことが、

起こるということなどです。

 

再三言いますが、自分たちで恐れに基づいた思考(幻想)をつくり、

その幻想を前提とした行動を採ったがために、本当に恐れていた幻想を具現化させたということが、

この現実社会には沢山あるのです。

 

そしてその中には、恐れていた現実が来た後に、

「モノをため込んでいて良かった、備えていて良かった」と思う人もいるでしょうが、

そもそも自分たちで、そうしたシナリオを具現化させているのですから、

「備えていて良かった」という発想自体が、オカシナことだということも観えてくるのです。

 

自分でボールを投げ、落ちてきたボールをグローブでキャッチし、

「こんな時の為にグローブを持っていて良かった。」と言っているのと同じなのです。

 

ただこれを地球人皆で、循環を通してして行っているので、

それぞれの事の一連の繋がりが観え難くなっているだけなのです。

分離意識だとそれはより分かり難いでしょう。

 

なので、望まないことに意識を注ぐのではなく、

望むことや心からワクワクすることに、意識を集中させるようにしてください。

それがあなたの住む世界の現実となります。

 

いくら地球上に、和多志達全員を賄えるだけの食糧やエネルギーが在ったとしても、

分離意識と恐れに基づいた思考(幻想)を前提に行動してしまうと、

必ず食糧不足・資源不足に陥ってしまいます。

 

そしてそれが今までの地球上で起きていたという事を、知っておいて下さい。

 

またこれは、食糧やエネルギーだけに言えることではありませんよね。

思い当たる節がこれをお読みになられている方の中にもいくつか在るかと思います。

 

これからこの地球(今このブログを読めている人が住む世界)は愛に基づいた世界へと完全に移行します。

 

この「無料のスーパー」からも愛が観えて来ます。

むしろ愛に基づいていなければ、統合意識(地球や社会全体を俯瞰&ワンネスを認識)でなければ、

このような活動はできないでしょう。

 

ですので、このニュースは、その愛に基づく世界への大きな幕開けとして、始まったモノだと観ております。

 

このスーパーだけに限らず、そうした愛に基づく仕事の仕方、働き方をしている人達を

これからも応援します。

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お互いを家族(一つの繋がりの在る存在)だと認識する。

お互いに対価を求めなくなる。

お互いに嫌なことを仕事にしなくなる。

お互いに自分がやりたい事を仕事にして無償で提供する。

自分がやりたい事だからこそ無償で提供できる。

それが循環する。

無償で受け取れるから対価を求める必要が全くなくなる。

いずれドネーション(寄付)制も消滅する。

お金の為に仕事をつくりださなくて良くなる。

つまり消費(生産)に依存しなくなる。

仕事量も職種も地球から激減していく。

 

こうして、人々は「お金」というモノから解放されていくのです。

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世の中から「お金」というモノがなくなるから「お金のいらない世界」が来るのではないのです。

 

人々がその「お金」の本質である、『「交換(取引)」をする』という行為を卒業することによって、

「お金」自体の価値が失われ、使われなくなり、

結果的に「お金のいらない世界」、『無償提供の循環社会』へと移行するのです。

 

逆に、たとえこの世から今一斉にお金というモノが無くなっても、

和多志達一人ひとりが、自分が提供するモノに値段や価格を付け、対価を求めあって生き続けるのであれば、

別の何かが「お金」の役割を担うだけとなり、実質的な社会変化は起きません。

むしろ、社会はこれまでと同じく自滅していくことでしょう。

 

恐れに基づいて、望まないモノに意識(エネルギー)を注ぎ、自分さえ良ければいいという感覚で、

自分以外の意思は蔑(ないがしろ)にし、分離意識のまま、他人に対価を求めて生き続ける人、

モノを自分のだけの所有(独占)物とする人は、おそらく今までの世界に留まることになります。

 

愛に基づいて、望むモノに意識(エネルギー)を注ぎ、統合意識(ワンネス=すべては一つ)に目覚め、

宇宙大家族の皆の幸せこそが真の幸せだと氣付き、お互いの意思を尊重し合い、

自分の好きなことで、他人に無償提供をして生きる人、モノを皆の共用物として使用する人は、

愛で満ちた世界へと移行することになるでしょう。

 

どちらを選ぶかはあなた次第となります。

 

転載以上

 

 

情報有難う御座いました。

南無妙法蓮華経

 

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