今日のレコパン

レコパンの様子などお伝えしていきます。

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レコパンに子供たちの声

2012年05月12日 | Weblog
元気な声が響きました!名札を作って胸につけ、体育館でゲーム大会です。
学年ごとにランドセルを並べます。どうですこの並び様!素晴らしい!!

そうして、体育館ではJrスタッフが考えたゲームがグループごとに得点を競います。写真はグループごとに作戦会議!?

ボランテイアスタッフが11人参加してくださって、約70人の子供たちの元気を見守ったり、アドバイスしたり。足首をひねったー、おなかが痛い、そんな声にはすぐに対応。帰るころには元気になって、初日のレコパンは幸せな気持ちで終わりました。防音工事が終わるのが待たれます。もうしばらくは、縮小版レコパンです。
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今年度のレコパンが始まります!

2012年05月08日 | Weblog
4月から開講されているのは、お琴と習字教室です。

そうして、いよいよ明日から毎週のレコパンが始まります。まだ工事中なので、縮小教室ですが、スタッフの準備も万全です。子供たちが来るのを楽しみに待っているスタッフばかり。

明日は名札づくりと新しいジュニアスタッフ企画のゲーム大会です。明日、ね~!!
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わくわくギター教室発表会

2012年04月28日 | Weblog

PAPAS源太とそのゆかいな仲間たちの一部にレコパンの発表会がありました。緊張!見ている方も!


でも、堂々と!


しかも初々しく!


しっとりと!


最後はみんな良い笑顔でした!!お疲れ様ー!!



わくわくギター教室の講師、PAPAS源太氏の今年度の講座は5月から。まだ余裕ありますよ~!
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旅も一緒に

2012年04月28日 | Weblog

屋台の博多ラーメン!おいしかった!一緒だったのは韓国人と中国人でした。う~ん、国際的!




なにはなくても我が家にてパーテイー。
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九州

2012年04月28日 | Weblog
南なのに!雲仙です。

博多!学生時代の音楽仲間が集まってくれました。もちろんミュージシャンの世界に垣根はありません。


懐かしい人も歌も!


全員教員です。よかよか、教師が楽しまんばどがんするね!
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今春の桜

2012年04月28日 | Weblog


ブラジルから帰ってからまもなく、イギリスから友人一家が来日。なんといっても今年の桜はすごかった!お花見も九州で、東京で、何度も楽しみました。やっぱり春の桜は特別ですね!花吹雪、花筏、満開も良いけど、散り急ぐ桜も風情があります。どう説明したら・・・?いえ、説明は要りません。感じることは一緒です。

恩田川もすごかった!
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ブラジル!その12-最終章

2012年04月25日 | Weblog
ブラジルの陽気な太陽の下、色鮮やかなハワイアナスのサンダルが映えます。叔父が言いました。この60年弱、親族がたずねてきたのは私と一番上の伯父と二人しかいなかったと。私が来たことで、絆が深まっただろうか?分かりませんが、母や叔父世代が亡くなった後、私や従弟の世代はこれでまだつながっていられると思います。かつかつ日本語が理解できる彼らではありますが、その子供たち世代はまったくのブラジリアンです。日本語を学ぶくらいなら英語を学ぶ、と。今の日本には魅力が何にもないのですね。説得することもできませんでした。
叔父は毎日NHKをみていますので、かなりの日本情報ツウです。地震に原発に、経済を考えても明るい話題が何もないと、しきりにぼやいていました。そのうちブラジルに日本の避難民が行くかもしれません。


従弟は、仕事で日本に数回来たことがあったそう。しかし、現在は仕事で行くとしたら、インドネシアかもと。商談は英語です。やっぱり私も英語をもっと流暢に話したいなあ。


なんといったか?フルッタ デ コンテ? 不思議な南国の果物でした。スゴイあくがあるのですが、味は淡泊。始めて食べるものが多かったけれど、みんな美味しくいただけました。

数々の面白い体験をしました。リオのホテルは最悪で、シャワーもお湯が出なかったり、その内水も止まったり。客のみんなが私に日本から来ているのだから、警察に文句を言えといわれ、電話したことも有りました。ポリスに電話してホテルの文句を言ったのです。これこそお門違いだとも思ったのですが、多数意見には逆らえず、堂々と文句を言いました。これは自分でもビックリです。もちろん、どうにもなりませんでしたが。

アマゾンにバイア地域など行きたいところがまだまだ。
またきっといつか!

チャオチャオ!!
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ブラジル!その11-移民の歴史

2012年04月25日 | Weblog
ブラジルは広く、この2週間ではとても見て回るのは無理でした。それでも、イグアスの滝とリオデジャネイロだけにはどうにか行ってきました。

そうして、もうひとつ、ぜひ見ておきたかったのは、写真のサントス港。ブラジル移民の歴史の始まりの港です。いろんな話を聞き、ひどかった歴史も耳にしますので、叔父たちの世代はどんな毎日を送ったのだろうと、知りたかったのです。叔父は恵まれていた方で、けんかっ早かったとか、柔道が強かったとか、賭け事では負けたことがないとか。それでも一緒にでてきた20人のうち6人が自殺してしまったと、淡々と語ります。



ココナッツは自然の水分補給。たくさんたくさん飲みました。



丘の上までずっと家が続いています。道路わきにも掘立小屋が並びます。ブラジルの貧富の差は相当なもので、不法に建てた家がズラリ。



日本人街はリベルダージといいますが、現在は東洋人街に変貌しており、ほとんどが中国系、韓国系の人たちでした。日本人は価格競争に負けたのかもしれません。
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ブラジル!その10-サンパウロへ!!

2012年04月25日 | Weblog

そんなこんなで、日本から3日間を費やし、サンパウロへ。機内では、リオの大学で哲学を教えるという、トロントの大学院上がりの若い教授がお隣で、私の持ちネタとばかり、ピッザじゃないよ、ビザがなくてトロントまできたんだよ、というこのストーリーを話し、ラッキーだったねえ、でも最初にインターネットで調べなきゃねって釘を刺され、はい、勉強しましたって殊勝に答えたりしながら過ごしました。その彼は、明後日から教鞭をとるのだとかで、緊張していましたから、グッドラック!って別れましたが、きっと彼も私のことを馬鹿な日本人が隣だったと、話したでしょうねえ。ま、話題を提供できて良かった、かな。

こうやってたどり着いたサンパウロ空港。おかげで従弟夫婦とはすぐに会えましたが、心配した荷物は案の定どこを探しても出てこず、叔父のうちに次の日の深夜届いた時には、ぼっこぼこで状態。悲しかったですが、中身は大丈夫でした。

・・・・・写真は初めて会う叔父夫婦と。サンジョセ ドス カンポスという新しい町の、近代的な家に住んでいます。



叔父一家が総出で歓迎してくれました。似ているところはあるのかな・・・?


カンポス ド ジョルダオという雪の降る高級別荘地へ。姪と一緒に。血縁というのは不思議ですね。会って数時間で、すっかり打ち解けているのですから。彼女は医者を目指しています。ガンバレ!
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ブラジル!その9-トロントのお好み焼き屋

2012年04月25日 | Weblog
爽やかな風の吹くトロントの町は小さくまとまっているようで、きれいです。ナイヤガラの滝は、以前ニューヨークに来たときに、既に見ていたので、3:30まで少しだけ市内見物をしようかなあ、などと余裕も出てきて、通りすがりのお好み焼き屋さんのドアを叩きました。
まだ興奮状態で、今あったことを誰かに話したくってたまらないのです。日本人スタッフは、良かったですねえ、と言ってくれ、短時間で行ける市内見物のルートを教えてくれました。チップをはずんで、外に出ましたが、なんだか見物する意欲が失せています。近くのマーケットをぶらぶらしているうちに、もし、3:30に間に合わなかったら・・?日本人の感覚では通用しないことがたくさんあるのだから、早くから行って待っていようと思い直しました。私の大好きな、チューリップの花束を3ドルで買って、スタッフにプレゼントすることにし、3時前から指定されたドアの前で待ったのです。

恐れていた約束違えもなく、きちんとビザを手渡してくれました。チューリップも受け取ってもらえ、あなたはホントにラッキーですよって何回も言われまして、ドアが閉まったとたん、私は気づいたのでした。私のスーツケース番号が提出したチケットに張り付けてあったことを。ただでさえどこにあるのか分からないスーツケースです。あのナンバーだけは必要だと思ったのです。すみません、もう一度ドアを開けてください!お願いします!まだ用事があるのです!!ってドアを何回も叩きますが応答がありません。そんなに分厚いドアとも思われず、つい今閉まったドアなのに、なぜ聞こえないのか?或いは知らんぷりされているのか分かりません。もし、チューリップをプレゼントしていなければ、もっと早くに諦めていたのかもしれませんが、私にはあげたじゃないかという貸しを作った勢いがありますから、しつこくドアを叩きました。
どのくらい待ったでしょうか、もうだめだと諦め、立ち去ろうとした私の背中でドアが開きました。一度提出されたものは返せないと言われましたが、ここでもナンバーだけ教えてくれと食い下がり、ゲット!

今回の教訓は、何だったでしょうか?諦めない!分かってもらおう、伝えようとする意志、感情は、万国共通!ツールとしての英語は大事!というところでしょうか。それより、ビザが必要かどうか事前にチェックすべし!ということが真っ先に来るべき!?はい、その通りです。

・・・・写真はコパカバーナのビーチで見つけたサンドアート。


観光客がたくさん、ちょうどイギリスから皇太子夫妻が来ているというリオ一のホテルの前で。


コパカバーナもイパネマもやっぱりステキでした!


青い空と海。波が高く、泳ぐのにはどうかと思っていたら、救助隊が出動していました。宣伝用のプロペラ機も絵になります。

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ブラジル!その8-HELP!

2012年04月24日 | Weblog
万策尽きた・・・・!?
パソコンを前に、血の気の引いてゆく体を感じながら、日本の親戚のことを思いました。期待を持って叔父一家を訪ねて来いと言われ、手紙やお土産を預かって来ています。その母の兄弟の年代では、二度と実際に会うことは叶わず、最後の派遣大使のような感覚で私はブラジルを訪ねようとしているのです。私の母はブラジルに単身渡った弟を思い出す度に涙を流し、どうしているのやらと繰り返します。母の兄弟は7人いて、それぞれからの渡すものがあるのです。もちろん一瞬の間に浮かんだ親戚一同の顔ではありますが。
いや、このままでは帰れない!私の体はしっかりと床を踏みしめ直し、考える前に、後ろを振り向いて、大きな声で叫んでいました。「HELP ME!」

領事館内に響き渡るHELP!居合わせた人々が一斉に私を見ます。そりゃあみんな驚いたでしょうね。それでもかまず、だれでもいいから、助けて!ってもう一度叫び、ふと目の合った気のよさそうな青年に、更に畳み込むように「あなた、あなたです。助けてもらえませんか!?」って。その時の私はどんな形相だったでしょう!?青年は、えっ僕?って自分を指さし、まさかあ、僕?って。できれば他の人に・・って感じでしたが、仕方がないと観念したように、おずおずと近づいてきました。

しかし、それでもどこをどうやったらよいのか。英語のページだったので、分からなかったのでしょうか。かれらはポルトガル語を話しますもの。彼も困って、他の窓口の女性を連れてきてくれました。英語で指導してもらい、どうにか申請できました。最後のナンバーを控えて持っていくだけでよかったのですね。やってみれば簡単なことではありました。

こうやって再度ビザ申請の窓口へ立ったのは12時20分。間に合った!あと10分あるのだから。ここが日本人です。誰でもそう思いませんか!?
ところが、もうおなじみになった例の女性は、例の調子で、時間がないから今日はできない。ボスもそういっている。月曜日に来いというではありませんか!今日は金曜日。そりゃ、トロントの見学はできるかもしれませんが、ハラハラしながら、3泊をここで費やすわけにはいきません。そんなあー!「まだ10分あるじゃないですか!!私はどうしても今夜の便に乗らなければなりません、どうか、どうか!」もう後先考えられず、泣きそうになってPlease!を繰り返しました。
必死さがその女性を動かしたのでしょうか?それとも形相?暴れられても困る?ひょっとしたら死んじゃうかもって思われた?原因はいろいろあるような、ないような・・・。ついに、やってもらえることになったのでした。感謝で言葉がありません、とかなんとか、思いつく限りの英語で、心からありがとうを言ったことには間違いありません。
ここはもう閉まるから、3:30にドアの外で待てと言われ、なんどもありがとうを言って、領事館を出ました。

トロントの町が色を取り戻したように感じられました。タイムリミットを抱え走り回った時には感じられなかったことでした。

・・・・写真はRIO!みんなが行きたがる、という触れ込みのライブハウス。


舞台のすぐ脇に陣取って。


もちろんサンバ!!


二つ目のバンドはすごく上手でした。


だれとでも仲良くなります。帰るときにはもうハグキスの嵐なのでした。
彼らはサンパウロから来た歯医者さん夫婦。英語は世界をつなぎますね!
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ブラジル!その7-連続の、まさか!?

2012年04月23日 | Weblog
手持ちの時間は90分。ネットで申し込むためには30分前に領事館に戻る必要があります。
地図を頼りに、フォトショップを探しますが、タイムリミットのことが頭から離れず、通行人に聞く得策を使うことにしました。
ところが、この地図がくせもので、すぐ近くのようですが、遠いのなんのってありません。二つ目の信号を超えて・・・と説明してくれる親切な老人の言葉をさえぎり、礼を言って、銀行に行く道を引き返しました。

そうして飛び込んだ銀行には長蛇の列ができているではありませんか!まさか、と思い、尋ねてみると、やはりその列に並ばなくてはなりません。もちろん、私にそんな時間はないのです。他の銀行へ!と、また走ります。次の銀行は人が少なく、すぐに窓口へ案内されました。あーっ良かったあ、間に合うって、その時の私が思ったとしても、だれが疑うでしょうか?

ところが、マネーオーダーくださいって、金額を書いてもらった紙を見せても、いくら欲しいのかって聞いてくるではありませんか。はて、と思ってその紙を確かめると、どこにコンマが打ってあるのか、定かではないのです。3145 3,145 31,45 314,5???
聞き逃していました。英語での数字は聞き取りにくく、紙に書いてあるのだからと確かめもせず、高をくくったのでした。多分31ドル45セントだと思うとはいえ、多分では許されません。領事館に電話してもらいますが、いくらやってもかかりません。
またまたピンチ!どうしようと冷や汗をかいていたら、ネットで探しましょうと、奥から中国系の日本語が聞こえてきました。おお、救いの神よってなもんです。この女性も日本に住んでいたとかで、日本が大好きだと言っていました。私も日本が大好き!お門違いの感情かもしれませんが、日本に対する愛着が湧きあがってきました。

ついに、31,45ということがはっきりわかりました。円をカナダドルに替え、さて、もう一つの課題のフォトショップへ。領事館の女性が勧めてくれたのは、きっとブラジリアンの経営する店だったのでしょう。銀行の案内所で聞くと、道を挟んですぐのとことに安くて早い店があると紹介してくれました。なんてラッキー!神はまだ私を見離してはいらっしゃらなかった!こんな時は、なんの神でもOKですよね?ここはお国に合わせて、キリストに感謝。

こうして、無事にマネーオーダーと写真を持って領事館に戻れたのは、ちょうど30分を残した余裕のあるものでした。
悠々と窓口に並んで、稼いだ金をボスに貢ぐように、写真とマネーオーダーを窓口に差し出しました。
しかし、ここでまたまた問題。インターネットで申し込む方法以外は受け付けられないっていうのです。方法を聞いても、教えられないの一点張り、自分でしなければならないというのです。こうした問答でも英語でのやりとりなのですから、時間がかかっていることは理解していただけますよね?
ひやひやしながら、思い切ってパソコンに向かうことにしたものの、どこをどういじればビザの申請ページにいくものやら?ただでさえパソコンには疎いというのに!?

これまでか・・・!?体から血の気が引いてゆくのが分かりました。


・・・・・・・写真は、カイピリーニャ!ピンガというお酒にレモンと砂糖、ソーダで割れば自分でも作れます。大好き!ほぼ毎日いただいていました。
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ブラジル!その6-ブラジル領事館!

2012年04月23日 | Weblog
タクシーで領事館に乗りつけたのは10時半くらいだったでしょうか。
窓口に並び、ビザを取るために必要なことを教えてもらいます。
1、写真を撮ること。
2、マネーオーダー(小切手?)を買うこと。
3、インターネットで申し込むこと。
えーっ!?1番と2番は何とかなっても3番は??コンピュータを持っていないし、トロントにネットカフェなんかあるのでしょうか?どこに行けば使えるのか尋ねると、館内のを使ってよいといいます。
ほっとしてフォトショップと銀行の位置を聞き終わるころには11時を過ぎようとしていました。この間窓口を独占していたのかと思いますが、後ろに誰か並んでいたのか、誰もいなかったのか、これまた記憶にありません。

窓口の女性は、今までに要求されるいくつもの難題にも冷静に対応してきたのでしょう。決していじわるではなく、常に冷ややかな声で、できることとできないことをはっきり言います。
そうして、私の切羽詰まった状況には頓着なしに、この領事館は12時半に閉まる、と淡々と言ったのです。私の手のひらにあるのは90分というタイムリミット!

私は、フォトショップの簡単な地図をわしづかみに、走り出しました。

・・・・・・写真はイグアスの滝。そのスケールに、何枚も何枚もシャッターを切らずにはいられませんでした。
ブラジル側とアルゼンチン側と。どちらもすごい!いくつもの虹が絶えず生み出される不思議。
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ブラジル!その5-トロント市内へ

2012年04月23日 | Weblog
次の朝、目覚めたのは9時を過ぎていました。エアーカナダのスタッフがブラジル領事館は8時半から開いていると言っていたのですが、今日乗る飛行機は夜の9時ですから、そう慌てることも有りません。ゆっくり朝ごはんを食べようと食堂に行くと、ホテルからもらった朝食券にもう1ドル必要だと言っています。経由地でカナダドルを使うことはないと思っていたものですから、私には現金がありません。食堂の従業員に、えー、1ドルもないのお?と呆れられながら、その金額ではカードも使えず、朝食券でまかなえるサービスを要求しましたら、トーストだけが出てきました。

このことがこの日の始まりだったことは、なんだか暗示的でもあります。とにかく、長い一日が始まりました。
ぱっさぱさになった喉を抱えて、出陣。荷物は機内便利グッズの首枕が入っている、小さなショルダーバックがひとつきりなので、動きは簡単です。とにかくパスポートと円とカードはあるのだから、落ち着いて行動しようとタクシーを待ちました。領事館までだいたい6000円くらいです。カードが使えました。この距離は、戻りに地下鉄に乗ったら3ドルでしたが・・・・。

・・・・・・写真はイグアスの滝を上空からとらえた貴重な(?)一枚!
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ブラジル!その4-最善とは?

2012年04月23日 | Weblog
何としても従弟に明日,今日と同じ便で行くことを伝えなければ!もし伝えられなかったら、サンパウロにたどり着いたとしても、それからまた途方にくれなければなりません。なにより、叔父や従弟たちが心配するでしょう。
電池の残量がメール1回分だとしたら、これが最後に送るメッセージになるかもしれません。最も有効なメールとは・・!?

考えた挙句、日本に住むブラジル人の友人に、従弟に知らせてと電話番号を書いて送りました。彼女は、レコパンの書道教室に興味を持ち何回か来てくれていますから、ご存知の方もいるかもしれませんね。ALTで英語の先生です。日系のブラジリアンで、サンパウロ出身。ルーツは諫早というので、大いに仲良くなったのでした。私がサンパウロの親戚を訪ねる気になったひとつの原因は、彼女がいたからなのです。
その彼女から、ビックリしただろうOKの返事が来ました。まかせて、と!これで安心です。
まだ電池は残っていたので、家族にも今の状況を伝え、そのあとは、もうどうすることできません。シャワーを浴びてベッドに横たわり、夜が明けるころいつのまにか眠っていたのでした。
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