「MEANWHILEに ELSEWHEREで」

特撮や映画感想メインの雑ブログ

パース@オーストラリア旅行記 三日目 ペンギン島

2011年04月25日 21時17分07秒 | 家族旅行
パース市街から車で30分ほどかっ飛ばすと、そこは既に人里はなれた海鳥の家。
というのは言いすぎですが、街からこんなに近いところにある自然保護区、ペンギン島です。

フェリーで数分

ペンギン島上陸~
海の向こうがオーストラリア本土です。
海の色を見ると分かるかもしれませんが、干潮時には歩いて渡る事ができるそう。
ただ、足元の砂地が不安定で危険(溺死者も:汗)なのと、
海底の自然保護の目的から、なるべくフェリーで渡ってくださいとのことでした。

島内には遊歩道

島自体がいわゆる鳥の繁殖地といいますか、集落。
ペンギン島といっても昼間のメインはカモメです。ペンギン達は昼間漁に出ていて不在らしく出会えませんでした。

普段は海のギャング、カモメもまったり

…している子もいますが、大半は慣れているとはいえ、人間の侵入に威嚇してきます。

カモメの卵を狙う

トカゲ。全長30cmくらいかな。

ああ…フェアリーペンギンはどこに

この地帯でペンギンといえば世界最小のフェアリーペンギン。
メルボルン付近では夕暮れ時にペンギン行進を見れる場所もあるらしいのですが、
ここでは流石にそこまでやっていません。

色んな海鳥が

昼寝中のカモメを尻目に一生懸命砂に嘴を突っ込んで、食事中。チドリの仲間でしょうか??

そして何気にこの島のハイライト

ペリカンのコロニーです。
遠目でなんだか分からないと思います。こういう時一眼望遠レンズを持ってくれば良かったと。(苦
でもこの日も下痢で朝から絶食状態フラフラでした_| ̄|○

拡大してみました

ペリカンだよね?というくらいには分かっていただけるかと。(汗

痛かったよ!

ペリカンウオッチングから帰る途中、カモメに威嚇されました。
無視したら、後ろ頭に蹴り入れられた!ちくしょう!
振り向きざまに撮ってやった憎たらしい面構え。ボケましたが。

一応ペンギン島なので

島内で飼育されているフェアリーペンギンの餌付けショー

それなりにのんびりと暮らしているようでした

ここには全部で10羽のペンギンが飼育されているらしい。
色々と訳ありのようです。

齢17歳…って!

いや、確かに鳥は長生きする生物だけど、既に息子11歳より…てかアメリカ人だったら運転免許も!?
でも流石に寄る年波でダルそうでしたが。

ペンギン島からペリカンのお見送り

フェリー乗り場の近くまで食事に?きていました。奥の丘がコロニーですね。
時折、餌を争って周りのカモメを蹴散らしていた。
やっぱりデカイ方が強い。野生の王国だなあ。

皆、達者で暮らせよ~!
という訳で、お土産やさんを経てパースの街中へ帰還。
まだ時間があるので動物園へでも行こうか、って…(汗
断食の身でまだ歩き回れるのか?

パース三日目。まだ終りません。続く。

パース@オーストラリア旅行記 二日目 フリーマントル

2011年04月22日 10時12分31秒 | 家族旅行
パース二日目、後半。

フリーマントルはパース市街から車で30分くらいの港町。
かつてイギリス海軍船長フリーマントルが上陸し、西オーストラリアの拠点になったのだそう。
要は当時の史跡などが残る歴史の町です。

港なので輸送基地になっています

奥はスワン河、手前はインド洋。何を積み込んで(降ろして)いるのでしょうね?

海洋博物館

この港と近海に関する歴史を事細かに展示。
かつての水産業の様子とか、世界大戦時における役割とか。
息子11歳が沈没船から見つかったというナチス・ドイツの国章を見て「ショッカー!?」とボケていました。(汗
これからちゃんと歴史勉強してください。
近代ではヨットレースに関するものが多かったかな。
そんな中、館内に怪しいチャンバーが…(汗

「NEW!」と銘打ってあった

11歳がかぶりつきで見ていました。中身は…

なんとメガマウスの標本

どうやって保存してあるのか、なかなかにリアルでした。
近々別の施設に移されるようですが、それまでの特別展示だったようです。

博物館を出ると、今度は史跡めぐり…
すみません、体調不良の自分、下痢しないように断食していたので、もう疲れて歩けません。
ラウンドハウス(西オーストラリア最古の刑務所)に上って下りて精一杯。

ラウンドハウス付近からの眺め

インド洋です。ヨットはレース用なのかな?
って、ラウンドハウスそのものを撮るのを忘れている。(汗
ご興味ある方は検索してみてください。

フリーマントルの町並み

当時の面影を残す、イギリス風味全開の町。
学校が多いらしく、夕方授業を終った学生さん達がわらわらと街中に溢れていました。

この日の夜はパース街中のスーパーで買出し。
部屋でまったり過ごしました。でも夜中に下痢で4回起きた_| ̄|○

三日目に続く。

パース@オーストラリア旅行記 二日目 キングスパーク

2011年04月21日 11時30分50秒 | 家族旅行
パース二日目は、町を見下ろす400ヘクタールの広大な公園、キングスパークへ。

公園は高台にあるのでパース市街を一望できます

こうしてみると分かりますが、パースの中心部はとても小さい。
だからこそ、世界一美しい状態を保てるのかな。

公園の顔部分

今回、体調不良によりまたしてもデジイチを持って来れませんでした。歩くので精一杯で_| ̄|○
コンデジのスイープパノラマモードというのを使ってみましたが、それも傾いている。(汗

癒され中

息子11歳、速攻で芝生にゴロゴロ。この芝生、ゴルフ場のグリーン並みに美しく刈られています。
まさに自然の絨毯でした。素晴らしい。

空中遊歩道からの眺め

良く手入れされている園内には植物園も織り込まれていて、遊歩道を歩いていると溢れる緑に癒されます。
眼下に広がるスワン河。手前の建物はビール工場ですが、お洒落ですねえ。

水辺には噴水も

木陰で芝生を食べるカモたち。こんな水場が何箇所もあります。

この芝の斜面を…

息子11歳はロケットポーズで転がって地元のお年寄りの笑いをとっていました。
腹さえ壊していなければ私もやったかも。バンコクに住んでいるとこういう場所が夢のようです。涼しいし!

園内で見かけた野鳥達

インコ。いろんな種類がいますが、この子が数的に一番ポピュラーかと。
高いところが好きらしく、コンデジの望遠+トリミングではこれが精一杯。

マグパイ(カササギフエガラス)

結構可愛い声で鳴く、というか喉を鳴らす。画像では分かりにくいけど肩から背中にかけても白い。

マミジロカルガモ、かな?

近寄ってもガン見返してくる根性が気に入った。

ワライカワセミ

残念なことに笑ってはくれませんでした。カワセミってもハトなんかよりデカイです。
動物園でしか観た事がなかったのでちょっと感激。

この後、キングスパーク内をドライブ(といいますか道に迷ったといいますか。なにしろ広いもので)してから
フリーマントルという港町へ行きました。

続きます。


パース@オーストラリア旅行記 一日目

2011年04月20日 10時54分24秒 | 家族旅行
旅行一日目といえば移動日。
ここバンコクからオーストラリア西海岸のパースまでは6~7時間のフライト。
ソンクラン(タイ正月)の出国ラッシュでスワンナプーム国際空港は激込みネズミーランド行列状態。

そんな旅行者を見守ってくれるヤックくん

タイではお寺を護る鬼のヤック。
一体一体がチェックインカウンターの列をそれぞれ見守っていて全体を見渡すと壮観です。

その後出国審査などなどを終えてゲートへ向かいます。

大げさなデザインが微笑ましい出発ゲート付近

タイ国が見栄全開で建てた新空港、アジア仏教国の空港とは思えないシュール感。
とはいえ、施設は近未来でもシステムはタイ。たっぷり30分以上遅れての出発となりました。(笑

タイ航空の飛行機は実家へ帰省すると思われるオージーたち(バンコクのオーストラリア人人口は結構多い)に加え、
我が家のように水かけ祭りから国外へ避難する駐在員家族?などで混み合っていました。

機内では皆さんそれぞれに楽しく過ごしていたようです。特にオージーのおっさんたち。
酒を片手に通路を塞いで談笑。もうちょっとさー、もうちょっとマナー考えようよ。
かくいう私、普段はその程度のオヤジーな生態にイライラしたりしないのですが、
この日、実は一人静かに下痢と戦っていました。(爆
出発の数日前から胃痛と下痢が止まらなくて体調超低空飛行。
だから命綱のトイレに行く道を塞がれて必要以上にムカムカ…_| ̄|○

そんなこんなしているうちに飛行機は無事パース国際空港へ。
Herzで予約していたレンタカー(トヨタカローラ)に乗り込みほっと一息。レッツ・スタート!
が、「あれれ?動かない。どうなってんの?」相方がなにやら混乱している。

なんとレンタカー、マニュアルでした。(爆

「ありえんだろ!」と私。
「いや、オーストラリア人はマニュアル嗜好らしいから。それにしてもいや~びっくりしたよ」
「オートマに変えてもらったら?」
「運転できるからいいよ。それにマニュアルなんてもうこの先一生運転しないだろうからね」
相方、結構楽しそうに時折エンストしながら(笑)走らせていました。坂道発進が怖いんだよね。

そんなこんなでやってきましたパース市街(の端っこ)

レンタカーの窓が汚くてすみません。
街中は道路も広く、歩道に屋台もなく(当たり前)美しくも爽やか。
道は車道も歩道も平らで(当たり前)自転車道まで。(涙

アメリカの地方都市を綺麗にしたような町並みです。
なんですが、交通標識が見づらいのとやたらと一通や右左折禁止の道が多く、規則性もないので激しく走りづらい。
駐車場も分かりにくくて市街地を走っているときは何度もキレそうになりました。まあこれも慣れなんでしょうけどね。

市街地を出るとスワン河の畔に添った道路に続きます。
スワン河から街とフェリーを臨む

左端がパース中心部。ちなみにアスファルトの道路は車道ではなく歩道(自転車道)。
ああ…なんて広々。河の色もバンコク・チャオプラヤーの味噌汁色と違って青い。

水を覗き込むとそこには…

クラゲがわんさか。(笑
淡水クラゲ?まあ河口でもあることですし。

この後またパースの道路事情に翻弄されながらホテルにチェックイン。
Mounts Bay Waters Apartment & Hotel

サービスアパートのような形式なので自宅のように寛げます

入り口から見たところ。ダイニング手前がキッチン。電子レンジからディッシュウオッシャーまで付き付き。
右側にベッドルームが2つと、バスルーム&トイレ。洗濯機と乾燥機まで。
ここに1カ月くらい住んでのんびりしたい。お金と時間があれば。

この夜は街中のスーパーで酒を仕込み、ホテルのレストランで久々の洋食をいただきました。

二日目に続きます。

暑いなんてもんじゃない

2011年04月18日 17時57分32秒 | 日記
この春休み、塾の春期講習と水泳教室以外にアクティビティーの予定がなかった息子11歳。
折角の長期休暇に何もしないでは…という訳で仕方なく週2回ほどゴルフレッスンに通わせていました。
当然私も保護者としてもれなく参加です。彼はそれなりに面白がって練習していました。

と、ここまでは良かった。
するとパース旅行へ行く前日、スクールからラウンドレッスン(実際のコースで練習)のお誘いが。
11歳、「やってみたい!」

個人的に私は嫌でした。日光アレルギーだし、第一暑いし。
でも何事にも淡白な11歳が珍しく「行きたい!」と熱く希望するので折れました。

そんな訳で本日プレイしたコースは、現地駐在員には良く知られたそこそこ高級なカントリークラブ。
The Loyal Golf & Country Club

美しく手入れの行き届いた18ホールには、珍しい南国の花々が咲き乱れ、水鳥たちが優雅に行きかう。
そんな中、芝生の道をお散歩しつつ、たまに球を打つ。恐らくとても楽しいのだと思います。

暑くさえなければ!

本日の日中最高気温37度。風も殆どなし。
日光アレルギーの自分は長袖長ズボン。

元々暑さに弱い自分。死ぬかと思いました_| ̄|○
どんなにポカリやゲータ飲んでも足りないし、ラウンド終ってみたらお肌が塩の結晶でざらざらでしたよ。(涙

でも息子11歳は「すごく楽しかった!」そうで、明日もレッスンに行くと張り切っている。

もしかして、ゴルフという深みにはまってしまった?(汗
程々に楽しんで欲しいんですが。程々に。

現在、パースで作った湿疹に加え皮膚が盛り上がる程の腫れに襲われています。痒い痛い痒い痛い…うう
ついでに頭も痛い。もうずっと痛い。今日は早く寝よう、くすん。

ただーまなさ~い!

2011年04月16日 23時09分07秒 | 家族旅行
タイ正月(ソンクラン)の喧騒から逃れるべく、タイから国外逃亡した先は、
今は秋の南半球パース@西オーストラリア。6泊7日の旅から本日戻りました。

Googleさんによると、大体の位置関係はこんな感じ

バンコク→パース、探してみてください。直行便で6時間くらいです。
バンコクとは時差一時間。進んでます。

乾燥地帯につき、日中35度でも明け方最低気温は14度だったりと極端な温度変化。
でもでも、空気は爽やかで噂にたがわぬ美しい町&自然にうっとり。正直、バンコクに戻るのが苦痛だったくらい。
ただ、乾燥した気候が仇になるといいますか、秋なのに紫外線量が個人的に致死レベル。
日焼け止めを塗っても塗っても、UVカット上着を着ても、ジーンズでさえ突き通すウルトラな太陽光線に
今全身が湿疹でざらざら&カユカユです…_| ̄|○

ともあれ、今は無事帰還のお知らせのみにて。
後ほどレポいたします。


ちょっと出かけます

2011年04月09日 20時20分24秒 | 日記
今月13日から15日は「ソンクラーン」といって、いわばタイのお正月。

バンコクも今年はいまだ最高気温35度程度という涼しさ?ですが、
例年なら40度超に達する、一年で一番暑い時期。

ソンクラーンには「水かけ祭り」というお祭りがあります。
この水かけ、カタ破りに激しいらしく、携帯を持っていようがカメラを持っていようが
買い物袋を提げていようが、容赦なくバケツ規模で水をぶっかけられるらしい。
お祭り中の外出はびしょ濡れ覚悟だと。下着は水着という人も。

昨年の体験から暑さと水を敬遠した相方、バンコク脱出を計画しました。
日本で大震災発生後も自粛ムードの中キャンセルすることなく決行という。
非国民(最近久々に聞いたこの言葉:汗)ですみません。

旅から戻ったら息子11歳の長い春休みもほぼ終わり。
要は、春休みクライマックスツアー。

戻ったらレポします。

映画 The Adjustment Bureau を観ました

2011年04月04日 22時25分48秒 | 映画
震災前に観た映画なので感想が時差ぼけ状態ですが、とりあえず。

この映画の原作は、Philip K. Dickの短編、「Adjustment Team」(調整班)。
原作…っても映画は殆ど別物。「この世には調整班がいる」という以外は。

Dickファンで、主演のMatt Damonラブな自分、期待して観ました。

ガッカリ_| ̄|○

調整班の脅威とか、それを知った主人公の恐怖とか、身もだえするようなラブストーリーとか…

なにもなかった

陳腐で古めかしい演出、説得力のないプロット、あんたらホントに恋してんの?てくらい盛り上がらない男女。
めくるめく実写版「どこでもドア」に萌えたかなあというくらい。
勿体無い映画でした。

以下ネタバレにつき、未見の方はご注意ください。












表あるところに裏がある。人々の日常の裏側で世の中をプラン通りに動かす調整班の姿があった。
プランの最高責任者「チェアマン」の意志を受け、地道に働くクラシックスタイルの男達。
そんな彼らの仕事に非常事態が発生。

上院議員候補ノリス(マット)が男子トイレで女性ダンサーのエリス恋とに落ちた。
二人の関係は「プラン」に重大なアノーマリーを生み出す。
ということで調整班の面々はこの男女の仲を邪魔することに。

二度目の出会いを防ぐ為に派遣したエージェントの失敗がきっかけで、調整班の存在を知ってしまうノリス。

調整班は「女のことは諦めろ。俺達のことを口外したらおまえの記憶全部消して強制リセット」なんて言う。
でも執着心全開のノリス、先の失敗エージェントから情報をゲットし、根性でエリスを追いかける。

しかしやっとのことで彼女をゲットできそうになると、調整班長が「この女はおまえの為にならないばかりか、
おまえ達が結ばれる事で女の将来(超有名ダンサー)も阻まれる」と意地悪なツッコミ。

ここでノリス、一旦心が折れて女を手放す。
でもやっぱり諦めきれない。調整班も「あの二人は運命で結びついている。引き離せない」などと弱腰に。
更に件の失敗エージェントが謀反?を起こしてノリスに手を貸す。
ノリスとエリスのカップルがどこでもドアを次々開け調整班から逃亡を図って…
いたらうっかり調整班の本部に入り込んでしまい絶体絶命。(爆

もう逃げ切れない二人、異世界の中心で愛を叫んでいたら、あらあら不思議、なんとお許しが?出てしまいました。
調整班長もその上司も最高位チェアマン殿のフレキシブルな意思は理解できない様子で、
「我々でさえ時には意志が働く」てなことを言っている。
強い意志はプランをも動かすと?なんじゃそれ。というようなオチでした。

主人公ノリスが予定された運命に対し自分の自由意思で対決、葛藤するお話なんだと思うんですが、
意志が先かプランが先かというあたりが大そう曖昧で…まさか観客に丸投げ?(汗
更に彼女エリスの意志が疑問。エリスからノリスに対する強いアプローチが全くない。
視点の問題なのか、単に彼女は待つ女だったのか。その割りにしっかりダンサー仲間と婚約までしていましたが。
ノリスはメディアに出る立場の人なので探して捕まえる事はその気になればできそうですけど。

ラストでは絶愛状態の二人でしたが、その心理は理解不能でした。

ああ、シンプルなDick様の原作は面白いのに…(合掌)