Cosmos Factory

地方は終焉を迎え、無秩序な空間は途方もなく宇宙まで続く。

ある自治組織のこと

2017-04-23 23:57:07 | 地域から学ぶ

 「石尊信仰の今を訪ねて・後編」で触れた鍛冶町会館の入口脇に、「鍛冶町」という町を解説した看板が立っている。そこには「天正十一年(一五八三)真田幸村の父昌幸が、上田城を築いたあと、真田氏とゆかりの深い海野郷海善寺村(現東御市)の鍛冶屋を移して造った町。宝永三年(一七○六)には三十二軒、明治五年(一八七二)には十六軒の鍛冶屋があった」とある。海善寺は東御市金井まで4キロほどのところ。東御市旧東部町に石尊信仰がよく残っているところからも、鍛冶町に移り住んだ鍛冶屋さんが持ち込んだ石尊信仰だったのかもしれない。

 鍛冶町会館の2階に階段を上ると、そこに「自治会役員」という役員それぞれの名前を記した表札が掛けられている。自治会役員を示す表札についてはこうした自治会館や集会施設でよく見かけられるが、黒塗りの表札に白字で示した風格のあるものは初めてみた。同じ空間に「平成29年 鍛冶町自治会役員名簿」なるものが貼り出されていて、そこには「1月26日」と示されている。確認してみなかったが、ここでは1月から12月が役員年度なのかもしれない。こういうとき、わたしの住む地域の自治会とすぐに比較してしまう。鍛冶町では隣組が22組あり、それを五つの「部」に分けている。部ごとに「議員」という人がいて、隣組の多い部には2人、あるいは3人の議員が割り当てられている。したがって議員は10名を数え、そのほかに議長と副議長という役割の人がいる。自治会内に「議会」というものがある例は初めて見たように思う。隣組は1組から31組であるが、前述したように22組しかない。ようは「4」とか「9」といった組はない。そのほか「15」とか「「17」といった欠番があるのは、統合されたのだろうか。隣組の役員とは別に多様な役員が配置されているのは、わたしの住む地域と同じこと。そんな役員名を見ていてわたしの地域にはない役員が割り当てられている。例えばこの日石尊講の話をしていただいた小宮山さんだ。その役名は「河川愛護委員」というもの。マチの中ということ、そしてとりわけ小川が流れているということが、こうした役員を配置するきっかけになっているのだろうか。また、町中らしいと言えるのが「商工振興会長」。「シニア鍛冶町会長」とはかつての老人会にあたるのだろうか。ほかに「壮年会長」というものもある。こうして一覧を見ていくと、最後の欄外に「青少年推進委員、育成会長、北小・三中PTA支部長は4月改選」と書かれている。やはり鍛冶町では1月から12月が任期のよう。黒塗りの表札があったり、議員がいたり、そして今でも1月から12月を年度としているところから、自治がこの空間だけで成り立っていることを強く感じる。わたしの住む地域の名ばかりの自治組織とは構え方が違う、そう思った。またわたしの住む地域と役員一覧を見ていて大きく異なるものがある。信仰に関することだ。わたしの住む地域では、神社に関する役が自治会に組み込まれている。裏を返せばだからこそ自治組織とも言えるのかもしれないが、こうでもしないと神社が維持できないからなのだろう。以前にも触れている通り、農村部よりマチの中の方が、自治会への関わりが高いのではないか(もちろん意識も)、そう思わせる役員一覧である。それを証すように、役員一覧の横に「会館清掃当番表」が掲げられている。月に2度行われる清掃について年間に行われる24回の清掃日と、その当番が誰なのかを年の始めに決めて一覧化している。「すばらしい」と思わず独り言を口にしてしまった。こういった自治組織の予算を見てみたい、そう思った。

 

 

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