Cosmos Factory

地方は終焉を迎え、無秩序な空間は途方もなく宇宙まで続く。

飯田線で松本へ

2016-09-17 23:07:33 | つぶやき

 今夏は松本で会議が何度もあって、松本行きが多かった。もちろん通常は自家用車で行くわけであるが、ときおり懇親会があるとそういうわけにもいかず、公共交通を利用することになる。先日の仕事に関わる方たちとの懇親会でも話題になったのは「飯田線」のこと。その場におられた県(職員)の方は、しばらく前に飯田線を豊橋まで乗って行って来たという。ときおりこうした方と遭遇することがある。全国でも名だたるローカル線だけに、ゆっくり休日を楽しむひとつの例ともいえる。そんななか、長い飯田線にもいろいろな顔があるという話になった。例えば豊橋に近い飯田線は複線化していて、県内の飯田線どころか、県内の路線にはない顔がある。また県境域はご存知のとおり、秘境駅が連続するとともに、トンネルの数を数えたくなるほどその数は多く、家屋が見えないようなところに駅がある山間を走る。そしてわたしがよく利用する飯田以北の飯田線。辰野から飯田までだけでも長いローカル線だ。そしてその中でも多様な顔が見える。

 ということで今日は久しぶりに松本まで電車に乗っている。この日記そのものも数年前まではそのほとんどを飯田線の電車内で書いていた。今は電車に乗って通勤しないから、この日記を続けるのもけっこう容易ならぬこと。わたしがきっとまたいつか利用することになるであろう郡境から伊那市駅までの区間、何度も触れてきたことだろうが、この30キロほどの区間だけでも多様だ。休日ともなれば、日中なら必ず七久保駅で乗車してくる客は日本人以外の人が多い。そして彼女たちは駒ヶ根までこの空間を席巻する。この区間の休日昼間の飯田線に乗らない人たちにはまったく知らないこと。もちろん今日は土曜日だから、その通り七久保駅で彼女たちを迎える。この郡境域から伊那市駅までの光景は、お客を迎え入れることに集中する。もちろん駒ヶ根駅で降りる彼女たちのような乗客もいるが、迎え入れる乗客に比して、送る客は少ない。そして伊那市駅の次ぎの伊那北駅でも大勢の乗客を送ることになるが、こののち中央本線と連絡する岡谷駅まで、前述した伊那市駅までの光景同様に、送る客は微々たるもので、迎える客ばかりという顔を見せる。郡境域とはまったく異なった世界である。

 さて、電車で松本に行くとなると、自家用車で行くときにくらべると、1時間早く家を出ることになる。この1時間とは、それほど自家用車と大差はないと自分の中では思っている。なぜならば、自家用車で松本に向う際にも高速道路を使わないからだ。会議開始時間の2時間前に遅くとも出る、それが自家用車の場合。遅れてはいけないと思えば、30分の余裕をみる。いっぽう電車の場合は時間がある程度設定されているから、あとは駅から会議をする場所までの徒歩の時間を考えて乗車するべく電車を選択する。もちろん1時間に1本程度しか走っていない電車となれば、自ずと選択肢は決定する。それが自家用車で行く場合に比較して、ほぼ1時間という差をもたらすわけである。余裕をみた2時間半と、電車で向う3時間半の間に、そう大差はないという意識が生まれて当然なのだ。

 この日記はそんな松本へ向う電車内で書き始めて、「さて、」以降の後半は帰りの電車内で書いている。そういえば懇親会で、3時間電車に乗っていると言うと、「たくさん本が読めますね」と言われた。その通り、日記を書くためにパソコンを開いたものの、混雑してくる伊那市駅を前にしてそれはバックにしまい、それからは仕事のための本をバックから取り出した。岡谷駅に至るまでの間にそれは一覧でき、もう一冊薄い雑誌を開いて、これもまた、帰路の電車を降りるまでには総覧できそうだ。もちろん最終電車の車内に、もはや誰も乗っていない、いつもの光景を目にしながら、わたしは駅のホームに降り立つ。間もなく暦の日は変わる。

『長野県』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
« 『信濃』800号発行に思う | トップ | 文化財と行事と人と »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL