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地方は終焉を迎え、無秩序な空間は途方もなく宇宙まで続く。

「池の名前と村の記憶」⑦

2016-11-18 23:59:59 | 民俗学

「池の名前と村の記憶」⑥より

 長野県内でとりわけため池が多い地域がある。Googleマップで外観していると、それがはっきり解るのは、長野市篠ノ井山布施東御市御牧原(この下を北陸新幹線が通っている)だろうか。国土地理院の同縮尺表示で見ればその数の多さが歴然としている。とりわけ前者は極小のため池が、後者は大きめなため池が、それぞれ並んでいる。御牧原が水が乏しいためため池が多いというのはよく知られているし、同様にため池が多いと言われているのが塩田平だろうか。とはいえ、地図上にみるため池の多さは御牧原は群を抜いている。安室氏が指令としてとりあげた山口県防府市大道を同縮尺で表示するとこうだ。こうして見てみると御牧原のため池は突出していると言える。県内では上田地域に降水量が少ないという話はよく知られた話。したがってため池が多くなる。

 現在は上田市になっているが、旧丸子町尾野山のそれこそ「新池」に15年ほど前に関わったことがある。「新池」というからこれに対する旧の池があるのかというと、それらしいため池は見られない。ただし200メートルほど上流に貯水面の大きさで8倍ほど大きい「上池」というため池がある。「上」と呼称しているから、対象は「新池」に対する「上」とも捉えられるが、ここにため池の名称付与に関する時間軸を捉えるならば、「上」と命名する以上位置情報としての対象物があるものと考えられる。ある空間のあるいは物に対する「上」ということになるけで、もうひとつのため池てある「新池」に対する「上池」であると推測できるが、これはあくまでも机上の推論であって、このことを当時地元で確認したわけではない。もし推論通りならば、ため池ができたのは「新池」の方が早いのか、とも捉えられるが、むしろため池の名称をあえて付ける段階が訪れたとき、位置情報として主たる地域から「上」にあった溜池を「上池」とし、そのため池より新しい時代にできたため池を「新池」と付した可能性もある。そしてこの場合の主たる地域とは、「上池」の直下に広がる3ヘクタールほどの水田地帯となる。もちろん「上池」の直下であるから、「上池」に用水を求めている水田地帯となる。そしてこの水田地帯を通過して、「上池」の水は「新池」に流入する。「上池」の集水区域で降った雨は、必ず「新池」に落ち、「新池」を介して下流へと排水される排水系統なのである。貯水量にして7千トン程度の「新池」に対して、1万3千トンの「上池」は倍近い大きさを有す。200メートルしか離れていないから、エリアに降った雨は、主に「上池」が受け止め、時間差で貯水量の小さい「新池」へと排水されるというわけだ。

 実は「上池」に対する「下池」がここ尾野山にはある。実際は「下ノ池」と呼んでおり、尾野山の集落に隣接して存在する。しかし水系的には「上池」の水は「下ノ池」には連携しておらず、明から位置情報としての「上」と「下」であることがわかる。ちなみに御牧原同様に「下ノ池」に隣接した直下を北陸新幹線が通過している。

 たかがため池の名称であるが、その名が付された背景をこのように推測する楽しみはあり、もっといえば実際はどうなのか聞き取りをして見ることにより、たかがため池名称に地域の思いや歴史が裏付けられている可能性があるというわけだ。もちろんわたしは今までため池とたくさん相対してきたが、このような視線を当てたことはなかった。仕事上でしか捉えていなかったため池に、新鮮な見方を与えてくれた安室氏に感謝したい。そしてこれはため池だけではなく、ふだん接している農業用水路などにも言えることなのだろう。

終わり

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