Cosmos Factory

地方は終焉を迎え、無秩序な空間は途方もなく宇宙まで続く。

オカトラノオ

2017-07-11 22:26:10 | つぶやき

 

 信州新町の国道沿いで33゜表示を見た。火曜日ということもあって、久しぶりの長野行きも、いつも中条でとっていた昼を諦めて、コンビニ弁当にした。火曜日が定休だから。車から出るとムッとした暑さに、伊那とは違う空気を感じた。いいや、伊那を出て2時間ほど経っているから、伊那もこんな暑さになっているのかもしれない、そう思いながらも「でも、やっばり違う」、そう理解することにした。昼ごろ長野に着くと、さらに都市部の空気を感じるとともに、無風の中に無性に暑さを追った。笑いがこぼれるほど…。実際のところ35゜までは達していなかったのかもしれないが、会議を終えたあとに出た際の外気は、もはや「長野らしい」そう思うほどの熱気になっていた。

 差別するわけではないが、新町のコンビニに立ち寄った際、意外に大勢の客に戸惑いが湧き、とともにいつもの通り店員の雑談に少し苛立った。ここのコンビニはこのあたりでは唯一ということもあってよく利用するが、ど田舎ということもあってか、顔見知りの客と店員がいつまでも雑談をしていたり、店員同士で雑談が「途切れそうもない」、そう思うことが度々ある。「らしい」といえば「らしい」のだが、短時間コンビニに立ち寄る者にとっては苛立つに決まっている。意外な客の多さに、その対応の苛立ちも重なったせいではないが、客の中に髭面の男性が…。わたしと同じあたりの棚を右往左往していて、さらに鬱陶しさが。言いたくはないが、髭面というのは近くにいて苛立つ。差別だったらお許し願いたいが、そうはいってもわたしの周囲にはいないので、どうも気になってしまう。ふつうじゃないことへの苛立ち、そんなこともあるし、歳を負ってくるとどうでも良いようなところにも苛立つ。何もかもうまくいかなくなっていく前兆なのかも。もちろん手前勝手の自己中であることは深謝。

 会社の古い車の冷房をいっぱいにしても、「なかなか涼しくない」そう思っていたら、窓が少し空いていた。自分で窓を下げたのに、苛立ちを人のせいに…。

 先日の三間畝の観音さんへの道ばたでオカトラノオが咲き始めていた。山際の空間には今もよくその姿を見る。

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