Cosmos Factory

地方は終焉を迎え、無秩序な空間は途方もなく宇宙まで続く。

もう一度お悔やみ欄

2012-08-16 12:53:02 | ひとから学ぶ

 盆の終わりを告げる光景、そんな光景を少しばかり垣間見ながらいつも通り列車に乗った。ここ2日間、会社はわたし独りだったが今日からいつも通りみながやってくる。盆の終わりを告げる光景は、会社に行っても垣間見れるわけであるが、会社のそんな光景で実感するのは面白い話ではない。そういえば今朝方、息子も里帰りから発った。16日ともなると帰省していた人たちが元通りの空間に戻っていくピークになるのだろう。それを体現させるように、今朝の駅には大きなバッグを持った明らかにいつもの住処に帰ろうという若者の姿もあった。そして列車内、ここ数日のことを思うと、ずいぶんと乗客の姿が目立つ。若者の集団や通勤とは思えない大人たち、この列車は岡谷で新宿行き特急に連絡するということも、こうした光景の背景になっているのかもしれない。

 昨日新聞のお悔やみ欄について触れた。ちなみに本日の信濃毎日新聞のお悔やみ欄を確認してみよう(半月以上前に亡くなった方を「お別れの会」として行う告知は除かせてもらった)。亡くなった日から葬儀を行う日までの日数は平均で4.6日となり、13日から15日の間で最大だった14日の4.7日に次ぐ長さを示す。いまだ盆の間の影響は大きく、さらに特徴的な点は6日以上間の空いている事例が全体の30.2%を占める。最大12日、10日以上の例がこれを含めて3件ある。さらに6日以上を4ブロックごとに見てみると、東信で6件、北信と中信でそれぞれ1件、南信で7件を数える。ここから解ることは、東信や南信では盆の間にはなるべく告知もしないという雰囲気が感じ取れるわけである。また本日のお悔やみ欄においては16日に葬儀を行うという告知は東信と南信には1件も見当たらない。昨日(15日)のお悔やみ欄では16日の葬儀の告知がそれらの地域に見受けられることから、16日も葬儀を行わないというわけではないが、やはり17日以降まで延ばすという意識はより東信や南信に強いという傾向はあるようだ。葬儀屋さんの営業日とも絡むのだろうが、もちろん葬儀屋もニーズに応えて営業しているだろうから、営業日もまた地域性を繁栄するということになるのだろう。

 さて昨日も触れたが、最近のお悔やみ欄には事後報告的名告知が目立ってきている。「葬儀は○日、近親者のみで行った」というものである。特に百歳前後高齢者の方の葬儀において、そういう事例が見られる。8月2日のお悔やみ欄から拾うと、「旧住所○○、連絡先は○○」と書き込まれ、喪主も子や孫ではなく「おい」という例がある。超高齢ともなるとふだんの付き合いはほとんどない場合が多くなる。家族の中で暮らしていればともかくとして、そうでない方たちも多いのだろう。もちろんそうした人たちの場合お悔やみ欄に掲載されることもない例となるのだろうが、それでも告知だけはしておきたいという思いから事後報告が登場する。「知らなかった」と言われるよりは良いという判断なのだろう。ちなみに信濃毎日新聞のお悔やみ欄に掲載してもらうのは無料である。

 

追記

 冒頭の書き出しからすれば盆の終わり光景がなくてはならないのに、すっかりお悔み欄で埋め合わせてしまった。

 実は駅へ向かう途中にお墓に向かう老夫婦に会った。仏様を送りに向かうようだ。かつてなら川へ向かったのだろうが、このあたりならどこへ行ったものなのか、そんなことを思いながら老夫婦の背中を追った。

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