Cosmos Factory

地方は終焉を迎え、無秩序な空間は途方もなく宇宙まで続く。

あの時代はなんだったのか!

2017-07-26 23:26:18 | つぶやき

 「もう一度平岡ダム」でも触れたが、家に帰っても食事をとって、風呂に入って、とふつうの暮らしをしていればそれなりに時間を要して寝る時間くらいしかなくなってしまうのが平日だ。そう思うと、かつてはなぜあれほどいろいろ平日にできていたのか不思議になってしまう。とりわけ忙しかったのは生業外で松本市の仕事にかかわった平成1桁時代。すでに家族もあったし、息子も小さかったから子どものためにかける時間も多かった。そして、なんといってもあの時代には、まだ家を建てたばかりだったから家周りのこともまじめにやっていた。今は見るにたえないほど、雑草がむらがっている。伸び放題にさせている生垣の枝は、よその土地にまではみ出していて、苦情を言われても仕方がないほどだが、それでもそんなことも言われずになんとか日々を暮している。やりたいこと、というよりもやらなくてはならないことがたくさんあるのに、ありすぎてどれから手を出したら、と思っているだけで時間は過ぎていく。形になって現れる妻の実家の草刈に、最も達成感を抱く。

 平成1桁から2桁にかけての時代は、生業も忙しかった。松本に赴任していた時代は、以前にも記したが平日は本当に詰まっていた。月曜の朝に松本に向かうとその日は夜11時の鍵を閉められてしまう時間まで仕事をし、それでも間に合わない分を寮に持ち帰って処理した。翌朝は鍵の明けられる午前6時に会社に入ると、同様に鍵が閉まる時間まで仕事をする。これを繰り返すのだが、実は水曜日の夜は仕事をすぐに終えて、自宅まで帰った。ようは1週間に寮に泊まっていたのは3日のみ。自宅に帰る日はよほどのことがなければ、残業せずにすぐに会社を後にした。そんな余裕のない1日を繰り返す中で、生業外の松本市の仕事をこなしていた。とりわけ原稿の締め切りが迫っていたころはどんな生活をしていたのだろう、と思い出してもそれは戻ってこない。なぜそれほどいろいろこなせたのか。ほとんど寝ていなかったのか、それとも就寝時間は短時間でも良かったのか。あの時代があったからこそ、今の自分がいるのだが、2人、いいや3人分くらいの詰め込まれた1日を暮していたように思う。今は1日が0.5日くらいしかない感じだが…。

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