Cosmos Factory

地方は終焉を迎え、無秩序な空間は途方もなく宇宙まで続く。

右折しようとする人々の思い

2017-04-28 23:09:45 | ひとから学ぶ

 一昨日も「計算のできない時代と、できない人々」において車の運転のことについて触れた。翌日もとてもスローな状態で帰路についた。最近下道なら空いていると思うほどかつてにくらべると渋滞しなくなったが、それでも高速道路を利用すると所要半分の時間で会社まで至る。この時間差は大きい。これは朝だけのことだと思っていたが、もちろん夕方も少しは時間を要すのは、昔と変わらない。とりわけ駒ヶ根市内が東西の道路を優先させて、南北に走る車に優しくない現実は昔とちっとも変わらず、夕方でも少しばかり渋滞するのは仕方ないと思っていた。しかし、この春から何度となく帰宅時である夕方南下すると、何といってもとてつもなく遅い車が多い。もしかしたら夕方の方が高速を利用すると効果があるのかもしれない。有価だは利用しないと決め込んでいたが、自宅へ直通するのなら帰宅時も高速を利用すべきなのかもしれない。それにしても下道ののろのろ運転に、わたしは諦めてゆっくり走る。抜くわけにもいかないし、前の車を煽ったところで、スピードが上がるわけではない(煽るように接近する車は少なからずいるが…)。ブレーキを踏むことが嫌いなわたしは、車間をとってエンジンブレーキで前車との車間を保つ。信号機が赤になっても、できるかぎりブレーキを踏むことがないように早めにシフトダウンをして信号機が青になるまで車間で調整する。信号機のあるところばかりではなく、ふつうに走っている場合もカーブがあればみな減速するから、やはり車間を調整して走る。したがって一緒に走っている前後の車に比較したら、少し車間距離は長めだ。「計算のできない時代と、できない人々」でとりあげたNHKのためしてガッテンでも、高速道路のことに触れながら「車間距離」のことも実際は短いことについて取り上げていた。車間距離はご存知の通り、高速道路なら速度と同じ距離と言われている。また一般道では時速から15kmを差し引いた距離と言われているから、50キロなら35メートルとなる。一般道でこんなに車間をとっていると、後ろの車に「早く行け」とばかり煽られることも珍しくない。ようはほとんどの人がこの車間距離をとっていないとも言える。とりわけ混雑時などなおさらだ。しかしながら、わたしはシフトダウンで車間を調整することもあって、比較的車間を空ける方だ。それでもおそらく言われているような車間程度、あるいはそこまで空いていないことがふつうだ。例えば40キロで通常の25メートル車間を空けていると、対向車で右折しようとしている車は、右折可能だ。ようは通常の車間を空けていると、おそらくゆっくりな右折でない限り、すばやく曲がってもらえれば対向車であるわたしはほとんどブレーキを踏むこともなく一定の車間の間に対向車を右折させてあげられるというわけだ。これが10メートル以内で車が繋がっていれば、意図的にブレーキを踏んで「入れてやる」と操作しない限り対向車線は数珠繋ぎとなるわけだ。

 よく知られているように、車間距離を短くすると渋滞が発生しやすい。同様に一般道なら対向車線にも渋滞を発生させかねないわけで、素早い判断で「譲る」という意図を見せることがどれほど渋滞緩和につながるか、少しは考えて欲しい、とそう思う。右折車線のない交差点で、対向車が右折しようとして交差点直前で信号が青になるのを待っている場合、わたしがその対向の先頭にいれば、ほとんどの場合先に右折させてあげてから発車するようにしている。ちょっとしたことだが、何も考えない人の方が多い、どころか「右折させない」とばかり急発進する車もいれば、無理に曲がると威嚇する車も少なくない。嫌な世の中だとつくづく思う時である。

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