Cosmos Factory

地方は終焉を迎え、無秩序な空間は途方もなく宇宙まで続く。

再び“枝義理”

2017-10-09 23:25:43 | 民俗学

 “「枝義理」で検索された方々へお願いを書いたのは、もう1年以上前のことだ。このところこの記事にコメントをいただいている。

 以前にもどこかに書いたように記憶するが、先ごろ亡くなった母は、かつて口癖のようにわたしにこう言った。「弟はつまらんな」と。何を意図しているかというと、まだ独り立ちして間もないころ、親戚筋で亡くなった方がいると、別家した家として香典を包んだ。当時生家は父がつきあいを世間としていたので、家としては父が本家としての香典を包んだ。もちろんどこかで兄にそれは受け継がれたわけであるが、母は別家した者は新たにつきあいをしていかなくてはならないから大変だという意味で「つまらん」と表現したのである。冠婚葬祭の義理を受け取るのは本家である兄であって、弟であるわたしには実入りがない。義理をすれば出て行くばかり、入ってくるものがない、というわけだ。典型的な例をあげよう。わたしは生家の近くに別家したわけではない。地域が異なるから父のこと、生家のことを今住んでいる地域の人が知っているはずもない。ようは父が亡くなっても、父に香典を出す今暮らしている地域の近隣の人はいない。しかし、逆の例は発生する。ようは今暮らしている地域で、隣近所で不幸があれば、一定の義理を果たす。が、こちらの親には義理を果たしてもらえないのに、こちらばかり義理を果たす理由はない。したがって、本当に隣近所以外は新たな義理をしないようにしている。もちろん人それぞれの考え方だから、地域性でもなんでもない。ようは別家した者には、外に向かった義理は発生するものの、こちら向きの義理はほとんど発生しないのである。なせ母はそんな現実を悟ったかのような言葉を盛んに発したかは分からないが、自分でそんな経験でもしていないと分からないことだ。

 枝義理は、まさにそうした別家した者への義理を一方通行にさせないためのものと言える。父の際にはわたしの中学の同級生たちから枝義理をいただいた。同じ町に暮らしていたから、この風習がよく伝わっていたと言える。しかしあれから既に何年も経過し、さらに近年の忙しさで彼らとのつきあいが希薄化したこと、また母が亡くなったということの告知という面でも以前とは様子が違っていたかもしれない。彼らが弔問しないと、それだけで枝義理は減少する。父の際の香典帳を紐解いてみると、6名もの枝義理を彼らからいただいた。同級生以外にもあったが、それらはちょっと特別な例だった。ようは同級生たちがしない限り、枝義理は発生しなかった、と言える。会社関係であれば、枝義理ではなくとも、明らかに兄の関係者かわたしの関係者かははっきりする。しかしながら例えばわたしが生家と同じ地域、あるいは近在に別家していたらどうだろう。もっと厄介なことになっていたはず。

 例えばわたしの小学校時代の同級生ともなると、さらに家という立場からすると近在になる。後継の彼らが弔問に訪れれば、明らかに「家」としてのつきあいである。もちろん個人としてのつきあいもあるだろうが、過去に義理を果たしてきているから、「家」が念頭にある。小学校のときにどんなに深いつきあいがあったとしても、そしてその彼の父が亡くなったといって若いころわたしが香典を包んだとしても、枝義理がなければ、弔問の際の香典はあくまでも兄にあててのもの。わたしが彼にした香典は、返ってこない義理なのだ。こうした考えかだが「おかしい」という方も多いだろうが、こうした別家した者の負担を軽減するべく、枝義理は存在していたのである。そしてそんな立場を分かっていて、母「弟はつまらん」と言っていたのである。

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