Cosmos Factory

地方は終焉を迎え、無秩序な空間は途方もなく宇宙まで続く。

わたしの〝独り言〟

2016-12-06 23:24:24 | つぶやき

 ラジオでリスナーのこんなコメントが流れた。「マスクをするのは風邪をうつさないだけじゃない、お化粧をしていない姿をさらけ出さないのと、独り言を人に聞かれないため」と。なるほど「独り言かー…」と思ったのは言うまでもない。わたしもけっこう独り言が多い。ここのところ何度も記している運転席で思ったいろいろなことも、意外にその思いを口にして独り言を発している。仕事中もそうで、けっこう独り言が口からでるタイプだ。独り言を口にする人、実は本当は独り言ではなく、みんなにも聞いて欲しいと思っていることだとわたしは思う。もちろん人がいない時に発する言葉もだ。きっとその場面で聞いて欲しい、と思う相手はもう一人の自分なのかも。

 意外に多いのが山の中の現場に一人で入った時に、足を滑らせてひっくり帰ったときには、周囲をはばからずにけっこう大きな声を発することにしている。悔しい思いを晴らす意味で、小さな独り言を口にするくらいなら、どうせ誰も聞いていないのだから、と大きな声で思う存分独り言を口にする。もし誰かがいたとしたらびっくりするくらい。無言で悔しさを閉じ込めるくらいなら、発散することでいくらか気分は晴れるもの。そしていつも通り、「情けないものだ」とにやり。同じようなことは車を運転している時も。「この野郎」と思ったとき、無言でそれを思うより、口にしたほうが気分は晴れる。これは明らかに人には聞こえないのだが、そのいっぽうで実のところき聞かせてあげたいと思うような言葉なのだ。そして聞こえたらいさかいになるから、あえて誰もいない空間で文句を口にすることで、自分なりの解決へ導いている。わたしの独り言は、常にそういう意味合いで発せられている。したがって人がいるような会社内での独り言も、結局は自分に対する気分晴らしなのだが、けしてそれは人には聞こえてはいけない独り言ではなく、この思いをどう思うか、という発散でもある。

 こうした自分の癖の善し悪しはともかくとして、若い人たちには独り言を口にする人は少ない。上品で、よく人間ができているのかもしれないが、ひたすら無言で、スクリーンという空間に閉じこもっている姿は、わたしには理解しがたい部分ではある。なるほどマスクをすれば人には聞こえにくくなるだろうが、わたしの場合は、きっとマスクをしていても、周囲には充分聞こえるほど大きな声を発することだろう。

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