Cosmos Factory

地方は終焉を迎え、無秩序な空間は途方もなく宇宙まで続く。

再び「集金常会」のこと

2016-12-26 23:06:57 | ひとから学ぶ

 もう2年近く前のことだが、「集金常会」について編と3回にわたって綴った。あらためて読んでみると、びっくりするようなことを書いている。とりわけ隣の高森町において平成24年に行った「自治組織未加入者アンケート」の答えだ。①意地悪をされた。②30年の間、嫌がらせを受け自治会より追い出された。③後入りのため差別的扱いをされた。などなど。当時高森町に住まわれている方にもそのことについて聞いてみて実態がぼんやりとわかったわけであるが、なんという「住みにくい」地域だろうと感じられたわけだが、実際は地域によって違いはあるのだろう。故に、「地域によって新しく来た人に対しての扱いが違う。山吹の頃はひとが増えるといってまとめてくれたが、吉田はよそ者扱いされた」というような意見もあった。このことについて「自治と水利」において、水田地帯と畑作地帯の違いが関わっているのでは、と触れたがあくまでも想像だ。そういえば、と思ったのは今自分の住んでいる地域も水田地帯ではなく、畑作地帯。しかし、そう考えると上伊那から下伊那に入ると明らかに畑作地帯が多くなるから、より上伊那に自治組織の縛りがあるのでは、ということになってしまうが、そうでもないからこの想像は正しくない。集金常会なるものは、どうも下伊那にいまだに残存しているようだから。

 先日わたしの住む自治会の年末総会があった。その席で来年度自治会の役員一覧が配布されたが、一箇所だけ「未定」と書かれた欄が。聞く所によると順番で役をおおよそ依頼していくのだが、根回しをしたものの「誰がやってないから自分は受けられない」といったような理由で、なかなか引き受けてくれる人がいなかったよう。現役員も困ってしまって、結局総会資料に「未定」を記した。そしてそのあたりの年代の人たちで集まってもらってその中で決めてもらいたいと皆に図ったわけである。了解をもらった上でその日取りなどを知らせていると、集まった方の中のその年代の一人が「自分がやります」と自発的にその任を受けてくれた。役員の方は「ごたごたがずっと続かないように」とその苦労を口にされたわけだが、自治組織は「順番」が踏襲される。ところがその順番もそれぞれの事情で前後することもある。わたしの住む自治会は役員年齢が高齢化している。それは「順番」を踏襲するが故に、人数が多い世代に来てどんどん高齢化が進んだ。よその自治会に比較してとても遅くにその任を仰せつかる。自治会によっては戸数が少なくて低年齢化せざるを得ない地域もあるというのに。ようは自治会は戸数によって大きく左右される。少なければ頻繁に役が回ってきてその負担が大きくなる。とりわけ「集金常会」の中でわたしの住む地域には高森町の自治会に関わるような問題はないと記したが、自治会の戸数が多かったのもそういう環境を作り上げたひとつの要因だったのだろう。

 継続を基に自治組織が成り立つと、どうしても過去の形を引き継いでしまうもの。しかし実際の環境は時代によって変化する。それ相応に変化を遂げていかないと、自分たちで首を絞めかねない。妻の実家のある地域は、やはり集金常会が続けられている。そして常会費などがその集まりで集金されるわけだが、それは毎月行われる集会。ひと月に一度くらいみんなで顔を合わせたほうが良い、という意見もあるだろうが、実は催しも多いから集金常会を省略してもそれに代わる時間は十分にとれる。それでも依然として続ける拘束を、どこかで「もう辞めて良いのでは」という具合に変化を促せないのが古くからのしがらみのようなものであったりする。今は定年=定年ではない。定年とは一線を退くという節目に過ぎず、その後も忙しく働いている人は多い。合理的な変化を促せる地域、拘束しない、束縛しない、何より誰もが意見できる環境を築かなければこれからの自治は続かない。もちろんわたしの住む地域が理想だとは言わない。それでもいろいろな問題はあり、何より高齢化はより一層深刻になる。

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