Cosmos Factory

地方は終焉を迎え、無秩序な空間は途方もなく宇宙まで続く。

文化財と行事と人と

2016-09-18 23:18:33 | ひとから学ぶ

 「文化財というイメージ」で触れた歴史文化基本構想策定に関連したシンポジウムが昨日松本市で行われた。そもそもこうした計画が練られているということは限られた人々しか認識していないだろう。それでもかつてのように行政側が独自で策定していたようなやり方ではなく、市民が関わりながら作り上げていくという方法は、今では当たり前の形となった。その認知度が理想ほど高くならないのは、行政側の問題ではなく(もちろん広報不足という指摘はどれほど努力してもつきまとうだろうが)、受け取る側のアンテナの問題(かつてこのことで行政の方と言い争ったことがあったが、すべてを行政側の問題だと批判するのは住民としてもどうかと思う)といえる。そもそも今回の構想策定には数年かけて、それぞれの地区で文化財に指定されているものも含め、文化財にはならないようなものをリストアップしてきている。それは地域の人々であって、できるかぎり専門的知識を加えずに、地域の人々が大事にしているものを取り上げた。ようは地域の人々にとっての記憶に残る遺産になりうるものとでも言えるだろうか。ところが「文化財」というタイトルを当てはめている以上、そうはいってもそれらしいモノを対象にしなければならない、そう関係者が考えてしまうのも仕方がない。結局、ピックアップされたものをそれらしく物語で描いていくとモノ中心的で、無形の項目が上がりにくいというわけだ。

 今回のシンポジウムでは歴史文化基本構想の第一人者である西山徳明北海道大学観光高等研究センター長の講演が行われた。構想策定以前の基本段階にあたる文化財群の設定作業を行う中では、いまだこの構想のイメージがつかめず、それぞれの地区でピックアップしてきた人たちの共通理解が得られていないという印象はぬぐえず、こうしたシンポジウムを機会にその理解を深めてもらいたいというのが今回の目的と言える。とりわけ他の構想策定に関わられている西山氏に具体的な指導を得たいというのも、関係者の思いであり、とりわけ直接文化財群設定に携わっておられる地区代表の方たちにその具体像を掴んでもらいたいという意図があったとみられる。

 西山氏はいわゆるまちづくり、あるいはそこには地域づくり=活性化という面も含めるのだろうが、文化財を活用してそれを描く方法が歴史文化基本構想だと説く。そして、とりわけ文化財に指定されないようなもの(文化財未満)が急激に無くなりつつあるという。萩市の例をとりあげて地図情報として視覚的に発表されたが、伝統的建造物などが保存されている地域と、そうではない地域が図上に示され、圧倒的な勢いで保存されていない地域でこれまでは文化財として取り上げられなかったが今後文化財になりうるもの、あるいは前述したような文化財未満のモノが失われているという。文化庁を中心とした文化財行政が裾野を広けているにもかかわらず、地方ではモノが失くなっているといい、机上で描いている行政サイド(とりわけ文化庁)には理解できていないという。そうした現象を自ら理解する意味でも、地域住民が自ら大事なものを拾い上げていく作業が必要だということになるだろう。そしてこの拾い上げでは、前述したように専門的知識は考えずに、何でも対象にしていくことが必要だとも。フィルターにかけずに拾い上げる、このとき前述したように知識のある人々はどうしても「文化財」という意識が先んじてしまい、本当は拾えるものを拾えずにリスト化してしまう懸念がある。実際のところ一覧化されたものに感じる生活感のなさは、「文化財というイメージ」でも触れた通りだ。しかしながら今さら拾い上げに戻るわけにもいかないから、いかに文化財群を括る際にそれを補っていくか、それが今後の課題なんだろう。

 西山氏は「埋蔵文化財」を例にして「文化財」の理想的姿を示された。埋蔵文化財は価値が顕在化していないのに、「文化財」と称されている。ところが開発に際しその調査が義務付けられており、他の文化財とはまったく異なった扱いがされている。このことはわたしは仕事に絡んで「なんとかならないものか」と思ったことがこれまでに何度もある。埋蔵文化財は調査が開発側に負担を強いられるのに、影響があると考えられるのに、たとえば民俗調査はなぜ行われないのか、と。今は自然保護の観点から環境ベースに対しての影響評価が当たり前のように行われるようになった。しかしながら埋蔵文化財ほどの扱いはされていない。そして生活環境に対しての調査はもちろん、モニタリングなど口にする人はいない。もはや世の中は既存インフラをいかに継続していくかという時代に入り、今さらそれが必要だというような開発は少ないだろうが、このことに気がつかなかった学者さんたちの視野の狭さに嘆くだけだ。西山氏は埋蔵文化財を取り上げられたが、そういえばと気がつくのが、「文化財」と称しながら本来の「文化財」に当たらない事例がある。「石造文化財」である。これもまた価値が顕在化していないのに、呼称として「文化財」があてられている。これもまた「モノ」であることに違いはなく、「文化財」イメージが人々の中に形づけられてしまっているのも事実だ。

 講演を前にして市の文化財課長よりこれまで松本市で取り組んできた歴史文化基本構想の取組について説明があった。その資料には次のような文化財を総合的に把握するイメージ図があった。今はまだまだ右側の文化財に偏っているが、これを真ん中に寄せる理解と努力が必要ということなんだろう。

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