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地方は終焉を迎え、無秩序な空間は途方もなく宇宙まで続く。

奇石

2017-03-19 23:00:39 | 民俗学

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

間柱 「道祖神」

 

 中川村の大草に間柱という集落がある。今は間柱と中林、そして北林が一緒となって三共(さんきょう)と言われている。この間柱に大堤というため池があることは「大堤」で触れた。この大堤の西側、真ん中ほどの道端に写真の「道祖神」が建立されている。見るからに新しいものであるが、背面には次のように刻まれている。

村道拡幅について部落共有の山林を売却しその代金を基金となし土地改良事業により旧位置よりこの地に移す

昭和六十四年正月 間柱部落一同建之

道祖神の前面一帯は見ごとにほ場整備が行なわれ、今は整然とした水田が広がっている。碑高105センチ、碑幅144センチのもの。この大きな道祖神の傍らに、小さな奇石が一緒に置かれている。実はこの奇石について『中川村の石造文化財』(中川村教育委員会 平成12年)には記載がない。しかし、背面に移転したと刻まれているからこの道祖神が移転されたものではない。おそらく奇石がそうであり、奇石以外に道祖神があったのかどうか。この奇石のことについて『上伊那誌』民俗篇(上伊那誌刊行会 昭和55年)には記載がある。おそらく間柱の項にある奇石がそうなのだろう。「堤の北角」とその場所が示されている。高さ25センチとあるから、ちょうどここにある奇石くらいの大きさである。

 ところで、間柱の北にある洞を北へ越えると町である。町の中央の四辻から少し東へ上ったところに石碑群があり、その中に丸彫りの如意輪観音が建っている。その背後に凝灰岩系の奇石が転がっている。これも道祖神なのではないかと疑うが、『中川村の石造文化財』にも『上伊那誌』にも記載はない。かつてこの地域にはこのような奇石がかなり存在していたと思うのだが、今はその存在がかなり忘れられているし、無くなったものも多いのではないだろうか。

 

町神明前の奇石

 

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