Cosmos Factory

地方は終焉を迎え、無秩序な空間は途方もなく宇宙まで続く。

石仏に彩色するということ[32]

2017-09-25 23:17:08 | 民俗学

石仏に彩色するということ[31]より

 

 

 旧穂高町矢原の祭典を訪れた日、お船と舞台がふだん安置されている収蔵庫と公民館の間にお堂があることに気がついた。中をのぞくとご本尊は石仏2体。立派なお堂のご本尊としては珍しい組み合わせだ。それだけこの石仏を大切にしてきたということなんだろうが、とても古い石仏というわけでもないよう。年号はお堂の中に安置されているため確認できなかった。お堂の名前を聞いたが、祭りに来ていた年配の方たちでもはっきりしなかった。お堂の名前ははっきりしないが、「オコシンサマ」という共通語を聞くことができた。

 オコシンサマについては葬式の際の仲間だということも共通な捉え方である。松本平でオコシンサマと言えば葬式仲間ということになる。庚申講の現在を聞いたみたが、公民館のある3部といわれる地域の様子はうかがえなかったが、同じ矢原の中の別の地域ではオコシンサマを解散したという話を聞いた。解散した理由は葬式でオコシンサマの仲間が担う仕事もなくなったので解散したという。それと同時に庚申講も辞めたという。よその例と同様に、かつては講員の家を回して講を開いたというが、それぞれの家で料理を作るのは大変だということで、穂高や豊科のマチに出て店に集まって会食をするようになったと言うものの、葬儀の変容とともに消滅していったというわけである。

 さて、何といっても青面金剛と隣の大黒様の彩色に注目である。穂高と言えば道祖神に彩色することでよく知られており、それ以外の石神仏に彩色されてもちっとも不思議ではないが、この青面金剛を見たとき、喬木村や飯田市の天竜川東岸地帯で見た青面金剛を思い出さずにはいられなかった。青や赤といった彩色はそれらに似た様相を見せる。ところがここでも彩色してあることに気がつかない人々もいれば、彩色されていることを認識していても、それがどういう理由なのか分からないという方しかいない。屋内に安置されているということで、彩色されたのはかなり昔に溯るのかもしれない。

続く

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