Cosmos Factory

地方は終焉を迎え、無秩序な空間は途方もなく宇宙まで続く。

長野県における民俗研究のこれから①

2017-09-16 23:21:53 | 民俗学

 長野県民俗の会では、11月18日の総会において「現代民俗学」をテーマに講演と討議を企画している。関西学院大学の島村恭則先生に講演をお願いし、長野県にいて民俗研究をしている者が、これからどのような研究対象を求め、どのような研究をしていくのか、そんな視線で議論していこうというのだ。その一環として、今日の207回例会では、國學院大學名誉教授の倉石忠彦先生にお願いして「都市化の中の民俗学」と題した講演をしていただいた。従来の民俗学と言って良いのか分からないが、これまでの「民俗」という表向きのイメージで捉えている方たちには少し共感性というところでは難しさがあるかもしれない。例えば島村先生の研究対象をうかがってみるとそれは歴然とする。関西学院大学の研究者データベースに、島村先生について次のように記載されている。

◆フォークロア研究、現代民俗学専攻。人類のヴァナキュラー(その土地の固有のもの、固有の様式であること。また、そのさま。デジタル大辞泉より)な創造性についての究明、Living Folklore(現代民俗)のグローバル比較研究を課題とする。 ◆近年の具体的な研究テーマは、以下のとおり。 ①北米、ヨーロッパのフォークロア研究の動向をふまえた、フォークロア研究理論の内発的体系化。②物質文化(material culture)と表現文化(expressive culture)をめぐる学際的研究。③現代伝説(contemporary legends)のグローバル比較研究。④地方都市における花柳界の盛衰と文化資源化に関する民俗学的研究。⑤引揚者が生み出した戦後の社会空間と文化に関する民俗学的研究。⑥在日朝鮮半島系住民が生み出した戦後の社会空間と文化に関する民俗学的研究。⑦瀬戸内海沿岸の人の移動と都市形成に関する民俗学的研究。

 後半部分はまだ分かるかもしれないが、前半部分については具体的にはイメージが浮かんでこない。こうした研究をされている、言ってみれば都市にいて民俗学をされている方と、地方に暮らしていて民俗研究をしている者が、どう相互理解をし、現代民俗学を議論できるのか、そんなところが注目されるところだろうか。

 企画側としてはプレシンポとして位置づけていた今回の倉石先生の講演はいかなるものだったのか、県内で民俗研究をしていく者として何が見えたのか、そんな部分を倉石先生の講演内容を紐解きながら考えて行ってみたい。

 倉石先生の表題は「都市化の中の民俗学」というもの。まず、日本民俗学会の発行する「日本民俗学」と長野県民俗の会が発行する「長野県民俗の会会報」で扱っている最近の論文の内容を比較すると、前者の日本民俗に見られる研究者の主たる関心は近現代における都市社会における文化事象であったり、国際的研究活動にある。いっぽう後者は現代的事象に関心がないわけではないが、民間信仰に関する関心が強い。では古い時代の日本民俗学の関心はどうであったかというと、長野県民俗の会の関心とさほど違いは見受けられなかった。ではなぜ現代に至って両者の間に差異が生じたのか。時代が変われば研究者の関心が変わるのは、現代の生活実態を踏まえて研究者が研究テーマを見出すのなら、民俗学にとっては当然のことながら、なぜ全国学会と地方学会の関心のあり方が違うのか、考えておく必要があるという。

続く

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2 コメント

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島村恭則より (島村恭則)
2017-10-01 21:58:56
「都市にいて民俗学をしている者と、地方に暮らしていて民俗研究をしている者が、どう相互理解をし、現代民俗学を議論できるのか、そんなところが注目されるところだろうか。」

よろしくお願いいたします。
その違いを積極的な意味で認め、しかし、根源的には、地域間、中央と地方、国内と国外、西洋と東洋を超えて、「民俗学」として、(断絶ではなく)共有する視角があることを、できるだけわかりやすい説明でお話ししたいと思います。

コメントありがとうございました (trx_45)
2017-10-02 12:33:42
島村先生
 このようなところに直接コメントいただきありがとうございました。
 合間に記していますので総会までに間に合うか分かりませんが、倉石先生の講演内容をここにまとめたいと思っています(まとめあげる前に、通信に例会報告がされると思います)。
三石稔

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