Cosmos Factory

地方は終焉を迎え、無秩序な空間は途方もなく宇宙まで続く。

2017-08-09 23:15:21 | ひとから学ぶ

 地方らしい時刻の告知に、かつてはサイレンがあった。防災目的のサイレンを利用して時刻を知らせていものなのだろうが、今はどこにでも防災無線というものが整備されている。今もって時刻を知らせる放送を防災無線を利用して流している市町村は多い。

 伊那市ではこの季節、午後6時に放送が流れる。地元の者でないとわからないのだろうが、おそらく市歌が流れているのだと思う。冬季は午後5時のようだが、この夕方の放送のことで同僚から面白い話を聞いた。長野市のある地域では、この放送が流れたら野で作業をしてはいけない、ということらしい。同僚はこの地域に隣接する地域に住んでいて、その地域に果樹園があるという。自分の住んでい地域では時刻を知らせる放送が流れても「仕事をしてはいけない」ということは言われないらしいが、親から言われたのは「○○の果樹園に行ったら放送が流れたら仕事をしないように」と躾けられたという。そう言われた後、様子をうかがってみたら、確かにその放送が流れると、野に出ている人の姿がなくなるというのだ。水田中心の地帯だと言うが、同僚がその地に果樹園を持っているように、果樹園もある程度あるという。朝は何時から働いても良いが、夕方は「それ以降働いてはいけない」という意識が地域には伝わっているよう。「今どきそんなところがあるんだ」と思うようなことであるが、実は農村地帯にはそうした掟のようなものが今もってけっこうあるんじゃないか、という話であった。

 わたしの暮らしている地域では、住んでいる地域も、生まれた地域にも、そして妻の実家のある地域にもそうした掟を聞かない。もちろんかつては人が休んでいる時に「働くな」という意識は農村に限らずあったことだろうから、そうした意識が日本らしく息づいていても不思議ではないが、多様化した現代では耳にしない掟ではないだろうか。

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