大脳皮質のジャンクヤード

トラック乗りのおっさんが自分の大脳皮質に落ちている思考のゴミをリサイクルして文章にしているブログ。

匂いの波長

2017年07月17日 | 雑記
中学生になった頃、私は人を匂いで区別している自分に気付いた。臭い人、いい匂いの人、それが人格に何らかの関係性を齎していることを理解していたし、風下にいる限り、遠く離れた場所にいる人でも流れてくる匂いで個人の特定ができたほどだ。犬には到底及ばないが、人にしては嗅覚が優れている方だと思う。匂いのほとんどが空気中の水分濃度や粉塵の量に激しく影響を受けるものだが、その変化を覚えてしまえば間違えることはない。

この30年で北海道の匂いはとても変わってしまった。子供の頃に嗅いだ空気は今よりもかなり乾燥していたと思う。まったく無かったわけではないが、過去にスコールに襲われた記憶がほとんど無いのだ。それが今、週に一度は必ずスコールが来る。それにより土壌の匂いが40年前に嗅いだ埼玉県上尾市の畑の横の匂いと同じになった。どこで嗅いだ匂いなのかをすぐに思い出せるのは、それだけ脳にとって強い刺激だったと思われる。

犬が匂いで恐怖を感じて逃げ出したり、突然戦闘モードになる気持ちがよくわかる。自分を愛してくれる人の匂いには無条件降伏してしまう感覚も理解できる。大人になってからは、この匂いでさえ電波のようなものだと知った。つまり、目には見えないものでも匂いがあることに気付いたのだ。芳しい香りが、突然私の体の中を通り過ぎて行くことがある。あれはたぶん、可視光線域外の何かが私と重なった瞬間であり、科学的な現象だと思う。

世の中には「においセンサ」なる臭いを測定する機械があるが、空気中の導電率変化を検知するものと電圧変化を検知するものの他に、周波数の変化を検知するものもあるらしい。言ってしまえば導電率も電圧も変化すれば周波数の変動で検知できるはず。そう考えると、匂いが見えたり音が見えたりしても何も不思議なことではないと言える。トレーニング次第では意図的に匂いを色に変換したり、音を色に翻訳することができると言うことだ。

もしかすると、芸術家にはそんな脳を持つ人が多いのかもしれないな。残念ながら私には匂いや音を色で見た体験がないので、理論的な理解しかできないのだけれども、何かの拍子にコツを掴んで見られる可能性がないとも言えない。もしかするとそんな研究はどこかでとっくに行われているものかもしれないし、そこで見つかりそうになっている答えのバイブレーションが世界中に広がっていて、単にそれを受信しているだけのような気もする。
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