人生の階段ー日々の詩に託してー

ある老婆の日々ーー

就眠前読書

2017年09月25日 | 読書

特に女性に多いかも・・・

寝る前の布団のなかで

本を読むって。

一日の終わりの儀式みたいに

必ず本を読む女性は

案外多いのではないかしら。

これがないと一日が締めくくれないみたいに

感じます。

そして今

老婆には

これぞという本が見つからず

困っています。

実は流行りの村上氏とかの

本は

はなっから読む気がしないし

わくわくしながら読む本が

ないかしら。

たとえば「モンテ・クリスト」みたいな・・・

宮城谷氏も司馬遼太郎も楽しんだなあ。

内田康夫も楽しんだ。

梨木香歩も少し楽しんだし

藤沢周平は別格だったし。

それに比するものを早く見つけたい。

だれかが津島佑子を推したけど

あまり・・・

歴史物では永井路子を楽しんだなあ。

何かないかなあ。

 

 

 


子供の絵比べて

2017年09月24日 | 日記

フランスから来た子供が

老婆の顔を見て描いてくれました

それを見たら

すぐこれは「外国の子供が描いた」

わかるのでした。

なぜなら日本の子供(女の子)が描く

ひとの顔は

だいたいパターン化してて

お決まりのお姫様ふうの

よくあるもので

どの子が描いても

同じようなものになってしまう

けれど

フランスのその子の家庭は

テレビを持っていないので

パターン化された

目玉のやたら大きいお姫様や

少女の登場する番組も知らないのです。

知らないし、見ていないってことは

こんなにも

自分自身の絵を描けるもの

なんだなあと

内心、日本の少女文化に失望している

老婆でございます。

例えば目を描くにしても

目の上にちょいと一本の線(まつげ?)を描く

のは

とある漫画のせいで

これもお決まりで描くのであって

実物をちゃんと見て描けば

これはないと思うのですね。

残念です・・・


膝の激痛

2017年09月23日 | 日記

真夜中のこと

膝の激痛に襲われて

目を醒ましました。

痛いのなんの

たまらなかつた

過去形で書いたのは

まもなくすうっと収まったから。

でも真夜中にネットでググったら

同じ症状の人がけっこう

いたのですよ。

激痛、そしてすぐ治る・・・

何だったんでしょうね。

でも、これは何かの合図には

違いありません

肉体には自分の意識と関係なく

襲ってくるものがあることを

老齢になるほど知らされます。

襲ってくるものに抵抗せず

そっと出迎えて終末を迎えるのも

一つの手だな

思うのでした。

日本列島という肉体に

襲ってくるものに対しては

「そっと出迎えて終末」なんて

絶対あってはなりません・・・

はい、老婆は思うのです

この肉体を確保するのに

核武装しかないのなら

それでいいと。

わあ、列島のあちこちから

はんたーい、の爆音が聞こえてきそう・・・


韓国の海苔

2017年09月22日 | ニュース

韓国が自国の海苔を

世界遺産だかなんだかに

したいみたいですね。

ですがこの海苔

実は日本由来だと知ったら

どうでしょう。

「嘘つくな」と激怒するか

「なかったことに」するのでしょうか。

つまり「歴史」は「あったこと」ではなく

「つくるもの」なんですね。

「つくる」という言葉を極端にすれば

「捏造」ですけど。

私は嫌韓ではないのです。

大好きな韓国の人

何人かいて友達もいるのです

ここでは「国の品格」のことを話題に

しています。

キムチのもとの唐辛子もそうだと聞いた

ことがあるけれど

これははっきりしていません

「事実を示す資料」を知りませんから。

海苔については

目の前に資料を見たわけではない

けれど

統治時代の海苔に

ゴマ油を塗ったものがおいしい海苔に

というか

韓国風になったのでしょう。

まあ

ピザも含めてすべて

韓国が起源らしいですから

「国家の品格」すぐれた

たいしたお国なんですねぇ。

 


遊ぶ子供のー

2017年09月21日 | 読書

小川洋子氏と河合隼雄氏の

対談集を読んだら

「子供」がどんなに奇跡的な

癒しの存在であるかという

意味のことが語られていて

「ルートくん」とか

ーーこれはあの「博士の愛した~」を

読んだ方にはわかりますーー

ほんとに老婆は同感で

表で子供の遊ぶ声がすると

ほっとします。

子供の声はどうしてあんなに

天まで届くような

よく通る響きを持っているのでしょう。

思うに

子供の遊ぶ声は小鳥のさえずりと同じ、

心を癒すものですねえ。

しーんとして1日、子供の声が聞こえない

お屋敷通りも静かでいいかもしれない

けれど

やはり

下町の子供の声がまるまる聞こえるのも

いいものですねぇ。

しかし

近頃、田舎では子供の遊ぶ声なんて

ばったり途絶えたそうです。

子供がそもそもいないか

いても

家でスマホかなんか

いじってるらしい・・・

小川や公園や

そんなところで

小鳥そのもののように

子供が歓声あげて遊ぶ姿を

見られるのは

意外や意外

東京のど真ん中だったりするのです。

ああ

遊ぶ子供の声聞けば

わが身さえこそゆるがるれ

と歌った「梁塵秘抄」の

あの感動は今もそのまま

のはずなんですが・・・

そして

保育所建設反対には

悲しいものがありますが

ピーっと笛で一斉行動やらせるような

幼稚園だったりすると

そりゃうるさいですよ。

は?

いえ、うるさいのは子供じゃなくて

先生のほうです・・・