蕃神 義雄 部族民通信ブログ

部族民の精霊信仰、異界交流など独自の世界観は今も人の心奥に潜んでいます。彼等の心情と感性で今世界を批判したい。

猿でも構造、悲しき熱帯を読む 8 

2017年06月13日 | 小説
(6月13日 写真はレヴィストロース自身の撮影、説明は文中)
前回までナンビクヴァラ族を取り巻く自然風土、生活形態と、それらを密接に反映している精神風土を述べた。この調査の前にレヴィストロースはボロロ(Bororo)族の集落を訪れている。ボロロは「悲しき熱帯」によればブラジルに広く分布するGe語族(=Jeジェ族とも)の一部族で、マトグロッソで最大の人口を有する。
同書ボロロ章の冒頭にボロロ村落への行程が簡単に記載されている。州都のコルンバ(Corumba)で資材を調達し、マトグロッソへの玄関口となるクイアバ(Cuiaba)に運搬する。朝まだきにクイアバを出発して数時間かけてChapadaに到着する。Chapadaとは地名ではなく崖を意味する現地用語。その険峻な断崖をトラックが喘ぎ喘いで幾時間かけて登り、峠に至る。景色は一変する、前方に広漠とした高地が一望できる。峠を頂点にして高地は緩やかに傾斜して、遠くアマゾンの湿地帯に伸びる。それがマトグロッソであると。
Googleで調べるとジェ語族の分布はブラジル中央部、マトグロッソと確認できる。Googlemapを開くとCorumba、Cuiabaも特定できる。Chapadaと名される地域も見られ、Map上で巨大な湖が認められるが、あの記述にこまめなレヴィストロースにしても、この景望を記述していない。人造湖らしき形状から後世に生まれたものか。あるいはChapadaとして残った別の地なのかは調べられない。
Googlemapでは左の帯に現地写真が載せられる。サイバー時代の利便を痛感するが、ビルの群、瀟洒な橋などの画像を見るにつけ、悲しき熱帯の文中で感じられる1935年当時の未開発の様との落差に悲しむ。一文だけ取り上げます;
<<Bien peu de choses signalent Cuiaba, une rampe pave … l’auberge unique a l’epoque tenue par un gros libanais>>
拙訳:クイアバには取り立てて語るほどの物がない、船着き場に面するランプウエー、上方の建造物シルエットがかつての兵器廠を思い起こさせる(ボリビア国境に近いから)。当時は一軒しかない旅籠は巨体レバノン人が経営していた。

レヴィストロースはChapadaの先のボロロ村落Kejara目指していた。サンパウロ(新設の国立大学で哲学教授に就任していた)で有能なボロロ青年の存在を知ったからである。当時、Kejaraにはサレジオ会が布教していた。啓蒙の一環でポルトガル語教育を施していたが、読み書き、会話の習得が速い少年が見いだされ、神父は「誇らしげに布教の成果」だと少年をローマに送り、彼は法王に謁見するまでの栄を得た。帰国後もキリスト教徒としての生活を継続すると期待されていたが、生まれのKejaraに戻った(以上は251頁)。冒頭の写真は、族内高位クランを示す正装をまとった壮丁の風だが、まさに彼が、すっかりボロロ習俗に戻ったその少年である。写真の時期で35歳くらい。
有能な通訳をとしてレヴィストロースを助けた。
なお、レヴィストロースはボロロ族について「身体の筋肉、骨格は運動選手を思わせるほど均整がとれ、風貌は精悍」と評しているが、まさにボロロ的精悍さを覗わせる。

ようやくKejaraを望む丘陵に到達した心情が以下の文章に連なる;
<<Epuisement physique, faim, soif…ce vertige d’origine organique est tout illumine par des perceptions de forms et couleurs>>
拙訳:疲労、空腹、渇き。生理的にめまいを感じてしまったが、それが、とある形体そして色彩を目の前にして輝きに照らされた。
この文には3の修辞が隠される。
1 実はこれは後日のビルマ(当時)の未開村落を訪問した時の経験である。それと同じ経験をボロロ族訪問でも感じた。すなわち<伝統習俗を未だ継承している集落を前にすると、(必ず、人類学者は=自分の事)千の色糸でこんぐらがった毛玉を、解きほぐそうと奮い立つ>を別例で伝えているのだ。
ふいと変わる、状況の変化、融通無碍の語り口に読者は惑わされるが、この奔放さが彼の語りRecitの魅力である。
2 めまいは生理的(要するに物質的)、それを救った輝き。
さて仏語では光りlumiere、 照らされるillumineは、神の恩寵と関連づけられる。疲労困憊(これがpassion=受難)の果てに、やっと到達したと神に知らされた、照らされたとの印象が残る。
無神論者ながらしっかりとフランス語の宗教的修辞を借用している。
3 感じたのは知覚(perceptions)、1956年当時はメルロポンティの現象学がもてはやされていた。彼は周囲のカオス状況から形と色を (forms et couleurs)識別(知覚=perception)して信号の形体、例えばセザンヌの絵画、ゴダールの映像、とすると述べた。すっかりメルロポンティを借用している。
当時の読者なら、構造主義者が現象学の用語を使ってるなと気付いた(筈だ)。

そしてレヴィストロースはkejaraの集落でとんでもない発見をした。なんと社会がマル、丸になっていたのだ。中根(タテ社会)流に伝えれば「世界で始めての発見、丸社会の構造」となるか。

猿でも構造、悲しき熱帯を読む 8の了 (次回は6月17日を予定)
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