蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

女子4歳が母に伝えた言葉 2

2017年05月06日 | 小説


(写真はバドワのポストイット=説明は文中、別葉は今が盛りのチューリップ、水平の西日に当たっていました=2017年5月3日撮影)
昨日は5月5日(2017年)こどもの日、友人K氏が心待ちにしていたハルカちゃん上京訪問が母親シズカさん(K氏の長女)の都合でキャンセルになった。「元気になっておじいちゃんちに行こうね」とハルカちゃんが母を慰めたと聞いてK氏は「ホロリとした」。ここまでは前回。このやり取りでうっかり投稿子(蕃神=ハガミ)がK氏の説明を「物事、存在を分析するデカルト的上からの目線」と指摘した。これにK氏が「色をなした」。そして「構造主義的にハルカちゃんの心情を説明してみろ」のきつい一言。
思いもかけない叱責と質問に投稿子の額から汗がタラリ幾筋か。しばし黙考してハタと拳を打った。
「これを見てくれ」と差し出したのはバドワ(Badoit)社のポストイット(上掲の写真)。
Badoitとは仏のミネラルウォーター、軽く発泡するので喉ごしがさわやか。同種のペリエより刺激性が少なく、エヴィアンよりも濃厚。投稿子の好みだが多摩の日野なる地ではスーパー陳列棚に見たこともない。もう幾十年、口に含んだ記憶が無いから味も忘れた。
東京なら手に入れられるかもしれないから、皆様お試しを。
そのBadoitがある年の春先、とある食堂でキャンペーンした。ボトルを注文した客にノベルティとして配った。表書きはBoisson=ボワソン= d’Avril(春の飲み物)、紙の形状は魚=Poissonポワソン=故に飲み物と魚の地口。フランス人は滅多に地口を使わないが、こいつは「季節の時宜を得て洒落ているな」取っておいた。

「なんだ、魚じゃねえか」とはK氏、大当たりだ。K氏は還暦を過ぎた老人ならばデフォルメした形態を見てもポワソン、魚と判断したのは不思議でも天才でもない。しかし;
「一昨年の夏、お孫さんハルカちゃんを散歩がてら連れきた」
「あの年は夏休みに訪れた、ハルカが2歳半かな」
「これをオトトと呼んだ、その2歳半の子の頭に、一体、何が起こったのか」
「見て判断したのだ」
この「判断」を耳にしたからこそ、したり顔でK氏に迫った投稿子は
「見ての判断、その絡繰りが構造主義なのだ」
「2歳半で構造主義者とは、ヘーッ」
信じられないと氏はしきりに目をしばたいた。

ハルカちゃんが魚=オトトを目にでき触る機会とは、母親に連れられスーパーの鮮魚売り場に立ち止まり、数々の種類を目の前にして母から「これらは全部魚」と教えられる。あるいは絵本に出てくる崩れた姿の頭と尻尾を見て「魚」と教わる。このような機会の中で「魚は頭が尖って、尻に尾びれがついている、食べられる」との思想=表象を、自身のなかに醸成していたはずだ。このポストイットはある春先に小さな料理店で一回だけ配っただけ、母親のシズカさんがこれを手にして「これもオトト」と教えた可能性は限りなくゼロである。
自身の「魚の思想」と目の前の「魚らしき形状」を対比=Dualite 二重性=させて魚と特定した。これがK氏の言った「見て判断した」行程の構造主義的説明である。
デカルト分析ではBadoitのポストイットを「魚」と見られる訳がないし、メルロポンティの「知覚」でもこんな紙片を魚として「領域」から抜き出す作業は無理だ。
まず己が思想=表象を持たなければ先に進まない。表象と目の前の形状との二重性の対比が頭に浮かばない。
2歳半でもヒトの子は思想=表象と形状の対立関係を理解する。これがまさにゴリラチンパンの子らに対してヒトの子の優位性である。ちびゴリラちび猿なんかと比べてハルカちゃんはとっても偉いのだ。
ではハルカちゃんが抱く思想とは何か。母親との関係を基盤とする生活、安定、継続ではないだろうか。こうした「日常」を思想として頭に持つ、おじいちゃんを訪れるはこの「日常」を形づくる「存在」の一角であった。その一角が崩れた、これは「思想」の危機である。
K氏をほろりとさせたハルカちゃんの母への励まし「希望、同情、永遠」(第一回を御参照)とはこの構造が脅かされる「存立危機、そして共演者の母への励まし」であったのだ。
投稿子はK氏にここまでまくし立てた。その顔が「ドヤッ」と歪んだ。そのドヤッに反発したK氏は納得するどころか、
「一体どこに、構造主義とやらのご託宣が出ているのか」
ドヤ顔をおさめて投稿子は厳かに、
「悲しき熱帯=TristesTropiques=に全て書かれてあるぞ」(了)

次回は猿でも構造、悲しき熱帯を読む(5月8日出稿予定)
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