3匹の子豚との日々 =DIAS CON MIS TRES CERDITOS=

スペインSpainのサラマンカSalamancaのラ・アルベルカLa Albercaから不定期につづります。

慶喜の言葉

2009-12-29 06:55:30 | Inicio
進退周旋必於理合出處行
蔵一以義決  慶喜

(訳)人間が行動する時、進むべきか、退くべきかのけじめは、
必ず理にかなっていなければならない。政治の世界にいるべきか
どうかの身の振り方は、ひたすら、筋を通して決めるべきだ。

上の漢文は、江戸幕府15代将軍の徳川慶喜(1837~1913)が
亡くなる前年に、人生を振り返り、心境をつづったとみられる漢文の書。

人生75年生きた人の言葉の重み、そして人の上に立ったことのある者だから
こそ言える、潔さを感じる。
大政奉還・明治維新から長い年月を経てこそ至る事のできる心境なのかも
しれないけれど、短い漢文に込められた思いは、いかばかりか。
慶喜の手による回顧録があったのかなかったのかは、知らないけれど、
存在していたら読んでみたいと思う。

昨年の大河ドラマ「篤姫」を見て、江戸時代から明治時代へ移行する
方法に間違いがあったのではないかと感じました。

言葉にする事は難しいのだけれど、明治維新がもっと別の方法だったら、
明治以降の日本は違っていたのではないかと。。。

急速に欧米文化を吸収することで、今までの日本のあり方が根底から
覆されてしまうような衝撃を受けたから、盲目的に受け入れてしまった
けれど、もう少しゆっくり取り入れて、日本独自の良さを大切にする
ことができたのではないかと。。。

最後の徳川将軍、慶喜が大政奉還を決意し実行したことは評価できる
けれど、その後の明治維新を推進したリーダーがちょっと頼りなかったような
気がするのは私だけ・・・?

歴史小説ではない、本人の言葉に接する事ができれば歴史の謎は
すんなり解明できるのでしょうね。。。

歴史にはもし、はないから、仕方ないですよね。
もっと勉強しなくては。。。


読売新聞からの引用

慶喜「筋通した一生」死去前年の心境を漢文に
 江戸幕府15代将軍の徳川慶喜(1837~1913)が亡くなる前年に記したとみられる漢文の書が、神奈川県小田原市の民家で見つかった。

 人生を振り返り、心境をつづっている。歴史家の松浦玲さん(78)は「慶喜が『理にかなった一生だった』と胸中を表している点で、興味深い」と話している。

 書が見つかったのは、晩年の慶喜を往診していた同市国府津の医師和仁真一さんの孫の敬一さん(61)方の土蔵。

 慶喜の「家扶日記」に、明治天皇崩御前日の1912年7月29日、慶喜の使用人が東京・小石川の本宅から和仁さんに書を送ったとの記載があり、茨城県立歴史館の永井博・首席研究員は「慶喜から贈られたと考えて矛盾はない」としている。

 松浦さんによると、慶喜はこの頃、実業家の渋沢栄一らから取材を受け、重要な事実について回想していた。松浦さんは「大政奉還や鳥羽・伏見の戦いなど自らの生涯を『信念を貫き、恥じるところがなかった』と振り返った言葉だろう」と話している。

 慶喜に詳しい大阪経済大の家近良樹教授(59)(日本近代政治史)は、慶喜が明治時代後半、再評価され公爵となった点を指摘し、「晩年にたどり着いた心境をつづり、今後の指針とすべき言葉として贈ったのだろう」とみている。

読売新聞の記事


28/12/2009
今日もしとしと雨。雲が厚い。
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