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2011.6.1~、大津波、宮古市、鍬ヶ崎、蛸の浜、浄土ヶ浜、復興計画。陸中宮古への硬派のオマージュ。

宮古市議会に意見書をだす

2017年10月03日 | 鍬ヶ崎の防潮堤を考える会

現職市議の会報の中に市民の声として「何をしているのかよく見えない」「品位が感じられない」といったような批判が散見されるように、宮古市議会の運営、機能、市議そのものの質には一般市民には理解できないような悪い意味での慣習が根をはっている。議会の本来のあるべき姿から、おそらく、二段階くらいの無作為、空洞化が存在する。市民同様、議員の側にも大震災の疲弊の影響が出てきているのか…


 

 

市民の声をまともに審議できない宮古市議会

「鍬ヶ崎の防潮堤を考える会」が議長宛に意見書を提出した。

 

宮古市議会 議長  前川 昌登 様
議会運営委員会 委員長  古舘 章秀 様

平成29年9月28日

提出者「 鍬ヶ崎の防潮堤を考える会 」


意見書

  去る9月19日に当会では貴議会建設常任委員会の求めに応じて「防潮堤・閉伊川水門を調査・検証する特別機関を設置する陳情」の説明を行ないました。意味薄弱な委員会審査だったため下記の通りご意見申し上げます。議事録精査の上ご判断をお願いいたします。


 記


 一、陳情と無関係な討議は委員会の本来の審査ではなかった

  事前に 陳情書の写し を配布しているのにかかわらず陳情の趣旨を理解していない委員もいたようです。また委員長の一貫性のない司会のため趣旨説明がゆがめられ、無関係な外部機関の見解に委員会の結論が誘導されました。

それは、陳情にある「調査・検証」の主な対象である当の対象(岩手県・宮古土木センター)の見解をう呑みにして、そのまま委員会の結論にした事です。中学生でも分かる論理矛盾です。

防潮堤、閉伊川水門の維持管理費は「岩手県の負担であり宮古市には負担をかけない」という根拠のない土木センターの発言を委員会の総意としたのですが、一事が万事で、委員会の意見はなく外部土木センターの見解がまかり通りました。

私どもの陳情の本来の趣旨はまさにその事の調査・検証をする機関の必要性であって、この「負担」見解のような個々の事例の正否の判断を求めるものではなかったのです。

当会の「陳情」の審査を最初からやり直していただきたい。


一、当会の陳情について建設常任委員会の採択はなされなかった

  少なくとも市民からの陳情について、その採択について、賛成、反対の採択もなく、委員長の独断で曖昧に全員一致をほのめかして審議をおえております。陳情者からすれば、会議規則に則してはっきり採択をしてもらうべき事案であります。市民の陳情がこのように何の理由もなく委員の裁決に附されず、記録にも残さず不採択されるとは市民と議会に対する背任行為であります。

委員長の強権ではなく、改めて委員各位による採択をするべきであります。

 

 以上 2点について返答を求める次第です。


<解説>


二段階くらいの無作為、空洞化とはどのようなもので?ではどうしてそうなるのか?


一部の議員にしかボランティアの心意気も奉仕の精神もなく、大半の議員はただなんとなく日常の議案を審議しているだけのように見える。議員立法的議案もなく、自主的政策の提出もない。市長行政局の課題をただ追認している。まるで「給料以上は働かない」というような市井の気分を代表しているようだ。定例議会の一般質問のやり取りを見ればそのことが見える。質問テーマの厳しい「実行」を求めるのではなく仲の良い相互「理解」のやり取りである。


 これは(1)復興予算の膨大な注入と(2)無競争選挙にその原因があるようだ。


 (1)復興経費(国予算)、各種支援金(民間寄付)が膨大に導入されたことで、その資金の流れを中心にして復興事業が市民の目からだんだん見えなくなってきた状況がある。市長一人がその資金の流れを差配して議会や議員はほとんどノータッチであった。潤沢な資金の流れの中で問題点はないように見えた。まだ市民全体のものになっていないが田老まちの高台移転は復興の大きな成功例であった。鍬ヶ崎の宮古漁業組合の冷蔵庫の火災の責任問題はもみ消された。新市庁舎の建設は方針通り進んだ。被災住民の住宅問題は道半ばである。防潮堤問題は道半ばどころか手もつけられていない。善かれ悪しかれ、これまで市議会議員の積極的な関わりは見えなかった。市議会の、また市会議員のあるべき姿が議員の中から見失われている。


 (2)2010の選挙で選出された議員は大惨事を経てその膨大な資金の流れをただ追認することしか出来なかった。2013年の市長選挙、2014年の市議会議員選挙は両者とも無投票選挙であった。市民の多くが無投票の危うさを懸念していた。しかし、その任期中、市長の資金差配力はますます増し、議会は変わらず追認議会に明け暮れて、議員の中から2~3の不祥事も発生した。破廉恥罪や私利私慾不祥事の発生であった。空回り議会であった。その状況で震災から6年以上の歳月が過ぎた。宮古市議会は仲好しクラブ化した。議会の無気力の中で大きく空洞化してきたのは防潮堤と閉伊川水門問題である。県の事業であるからという理屈で、議会自体がこの問題からはね去ってきた。いま影響が見えてきて「議員は何をしている」の声が大きくなっている。議員は何をなすべきなのか?一人一人の原点に戻って考え直してほしい。

 

ことし2017年には市長選挙と5名の補欠市議会議員選挙があった。10月には国政選挙も


 補欠市議会選挙は若い候補者が多数立候補して活況を呈した。6月25日の選挙によって新しい血が議会に送り込まれた。当該議会、次期本選挙に向けて良い意味で大きな刺激になると思われる。補充議員の健闘と、次期立候補予定者の健闘を祈念する。

折もおり、衆議院議員選挙が2017.10月10日公示、10月22日投開票となったが、ここ岩手2区の状況は、宮古市議会選挙の悪い流れの方を引きずって、無風の選挙になるようだ。市会議員も国政選挙だからとあっちの方を向いたままだ。政党も市議会も、有権者のことを一顧だにしないで、保身の風を装っている。あるいは、これも有権者無視、政党それぞれの都合が先走り暗黙の政治的取引が行なわれたようだ。若さの見えない予定調和(あきらめ)ムードとでも言おうか?





 







 

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