ご無沙汰しております。
”「『借り』って楽しいいね」”
映画『借りぐらしのアリエッティ』を観た。
ジブリ映画を映画館で観るのは、
初めての経験。
主人公アリエッティの父親ポッドが
「借り」をするときのアニメーションは、
さながらルパンのような手際の良さと鮮やかさがあり
とてもテンションがあがった。
大画面であのようなアニメーションを目の当たりにできるのは
映画館ならでは。
とても良い映画体験だった。
※ここからネタバレを含む(まだ観ていない方は読まないでください)。
ひとつ気になったのが、
「借りぐらし」という生活形態。
小人たちは人家の床下に暮らし、
人間のものを「借り」ながら生活している。
「借りる」からにはいつか「返す」というのが筋。
人間社会では当たり前のルールだ。
しかし、小人たちは「借りる」ばかりで
「返す」ことはしない。
その点が、解せなかったのだけれど、
こう解釈することで自分を納得させた。
一方的に「借り」てばかりで「返さない」小人たちは、
当然の運命に見舞われる。
つまり破産だ。
人間に姿を見らた小人たちは、
引っ越さなければならない。
それが彼らの掟だから。
小人たちは姿を見られることを皮切りに
あることがきっかけで住み家までも人間に発見されてしまう。
住み家を発見されてしまった小人たちは
破産すなわち家を引っ越さなければならない。
借りたものを返さない者の結果として
当然だ。
「借り」が楽しいのは、借りているときだけ。
返すべきものを返さない者には
しかるべき結末が待ち受けているのは
人間社会も小人の社会も同じだ。
そう解釈すれば物語にも筋が通る。
宮崎駿氏は明確なメッセージを映画に持たせるが、
今回は「借りた」ものは「返せ」だ。
返さなければ、住む家を失い、場合によっては路頭に迷うことになると
この映画では言っているのだ。
さらに言うならば、
宮崎駿氏は氏の初期監督作
『ルパン三世 カリオストロの城』から『もののけ姫』まで
で貯めたお金が底をつき始め、
その時の信用だけで借りて住んでいた家も
『千と千尋の神隠し』以後の作品では返すのに返せなくなり
家(作家としての仕事)を追われ始めているという
メタ視点の誘惑さえ抗えない。
とても残念。
とは言え、
ジブリ作品には今後も期待したい。
うん。
”「『借り』って楽しいいね」”
映画『借りぐらしのアリエッティ』を観た。
ジブリ映画を映画館で観るのは、
初めての経験。
主人公アリエッティの父親ポッドが
「借り」をするときのアニメーションは、
さながらルパンのような手際の良さと鮮やかさがあり
とてもテンションがあがった。
大画面であのようなアニメーションを目の当たりにできるのは
映画館ならでは。
とても良い映画体験だった。
※ここからネタバレを含む(まだ観ていない方は読まないでください)。
ひとつ気になったのが、
「借りぐらし」という生活形態。
小人たちは人家の床下に暮らし、
人間のものを「借り」ながら生活している。
「借りる」からにはいつか「返す」というのが筋。
人間社会では当たり前のルールだ。
しかし、小人たちは「借りる」ばかりで
「返す」ことはしない。
その点が、解せなかったのだけれど、
こう解釈することで自分を納得させた。
一方的に「借り」てばかりで「返さない」小人たちは、
当然の運命に見舞われる。
つまり破産だ。
人間に姿を見らた小人たちは、
引っ越さなければならない。
それが彼らの掟だから。
小人たちは姿を見られることを皮切りに
あることがきっかけで住み家までも人間に発見されてしまう。
住み家を発見されてしまった小人たちは
破産すなわち家を引っ越さなければならない。
借りたものを返さない者の結果として
当然だ。
「借り」が楽しいのは、借りているときだけ。
返すべきものを返さない者には
しかるべき結末が待ち受けているのは
人間社会も小人の社会も同じだ。
そう解釈すれば物語にも筋が通る。
宮崎駿氏は明確なメッセージを映画に持たせるが、
今回は「借りた」ものは「返せ」だ。
返さなければ、住む家を失い、場合によっては路頭に迷うことになると
この映画では言っているのだ。
さらに言うならば、
宮崎駿氏は氏の初期監督作
『ルパン三世 カリオストロの城』から『もののけ姫』まで
で貯めたお金が底をつき始め、
その時の信用だけで借りて住んでいた家も
『千と千尋の神隠し』以後の作品では返すのに返せなくなり
家(作家としての仕事)を追われ始めているという
メタ視点の誘惑さえ抗えない。
とても残念。
とは言え、
ジブリ作品には今後も期待したい。
うん。