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長宗我部友親氏を囲む会

2016-10-16 23:29:56 | 之波太:柴田
昨日に続いて、今日も長宗我部友親氏にご登場願った。
船岡・白鳥神社で柴田外記胸像等の見学後、柴田家の菩提寺・大光寺に来ていただきました。
境内にある、五百羅漢、イチョウの大木、柴田家累代の墓所を見学していただきました。

山門近くにある「月夜塚」を見学
「名月や池をめぐりて夜終 芭蕉翁」が刻まれています。
大光寺14世環中道一和尚は俳号を碓花坊也寥といい、当時広く名の知られた俳人でした。
月夜塚の建立は、俳聖芭蕉と同じ同じ伊賀国の出身である也寥にとって同郷の先人に
対する敬慕の現われであったと思われます。建立は明和5年(1768)8月、当時境内に
池があったことによると思われます。

本日、本堂で法事があったので、終わるのを待って本堂に入りました。
柴田家累代の位牌と対面することが主目的でした。
東堂(先の住職)さんが体調不良で現住職さんが対応していただいたが、昨日亡くなった方が
おられ、枕経に出かけるということで、位牌は出していただいていたので、自由に見学しても
よい、との許可をいただきました。

東堂さんに代わり説明する郷土史研究家日下さん

柴田家累代の位牌を前に記念写真におさまる
左:長宗我部家17代当主友親さん、右:柴田家17代当主節子さん

柴田外記朝意の位牌、家紋は上:父方四国佐竹家(五本骨)、中:母方四国長宗我部家(丸に散し酢漿草)
下:柴田家(右二つ巴)
位牌堂にあったものを出していただきました。

皆さん初めて位牌の裏側を見ることができました。
寛文十一年辛亥三月廿七日 柴田外記朝意 六十三にて死す

長宗我部友親さんには、2日間にわたり講演、関係者限りの囲む会に対応していただき、
また、柴田家の現当主との対面の場を設定したところ快く懇談していただきました。
しばた歴史観光ガイドの会としても、今回の講演会、囲む会等での見聞きしたことがらを
ガイドとして活用、案内等に生かしていきたいと思っています。
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