KOfyの「倍行く」人生

バイクで人生を“2倍”楽しみたい。勝手気ままな備忘録。

ニュージーランド(NZ)旅行:2001年8月16日(木)

2001年08月16日 | その他あれこれ
朝5時に起床。
モーニングコールと2つの目覚ましと念を入れた体制だったが、
いつものように早く目がさめた。

6時にホテルを出発したが、ホテルの駐車場のゲートが閉まっており大弱り!
なんと、Closedの標識の方が、自動ゲートになっていた。
前日下見をしていたルートで前半は慎重に走っていたが、やはり道に迷ってしまい、大弱り。
そんな早い時間は誰もいない。

すると、先ほど追い抜いた自転車が来たので、道を尋ねると親切に教えてくれた。
なんとか、無事20号線に入り空港に到着。
ところが、なんと国内線のカウンターに行ってしまい、
レンタカーを返却したあとだったのでバスに乗って国際線の
カウンターに行き直しとなった。

チェックインしたところ、なんとビジネスクラスを手配してくれ大大ラッキー!
疲れて帰る便で、ビジネスクラスは座席、食事内容が最高で、
パーソナルビデオが楽しめ、快適だった。
エコノミーと違って、食事内容も良く、十分楽しむことができた。睡眠も稼げた。

関空に着くと、H彦さん一家が出迎えに来てくれ、
我々がバスで伊丹空港まで行く阪神高速の途中まで、一緒に走ってくれた。

今回の旅行で、7ヶ月ぶりに会ったNちゃんの成長に、安心した。
また、頼もしく思った。
慣れないレンタカーの運転で、ちょっぴり疲れたが、とても充実した旅行だった。
近い内に安い航空券を入手して、レンタカーでの気ままな旅行をまたしたくなった。

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ニュージーランド(NZ)旅行:2001年8月15日(水)

2001年08月15日 | その他あれこれ
朝食は、ホテルの1Fに全員で行き、昨日と同じCaféで食事をした。
その後、オークランド大学に行ってNちゃんが勉強した建物を確認したり、
昼食をよく食べたCaféを確認したりした。
ホームスティ先を見に行こうとしたが、さすがのNちゃんも
途中までしか覚えておらず、途中で断念した。

ここでも、道を間違え、ちぃーっとばかし、気まずい空気が流れた。
バスターミナルの地下駐車場に車を置き、OKギフトショップの方向に歩き、
その1Fにある世界中の料理が楽しめるCaféで各自好きなものを食べた。
Nちゃんは食後、3Fの大きなショッピングセンターで
いろんなものを見ていたようだが、気に入ったものはなかったようだ。

昼の1時にバスターミナルに行き、Nちゃんを見送った。
残された4ヶ月を有意義に過ごしてもらいたい、という思いで見送った。
Sちゃんも寂しそうだった。

見送った後、車でAuckland市内(特に港の方中心)を回り、ホテルに戻った後、
女性陣は再び買い物に出かけた。
夕食は大黒という鉄板焼きの店で、シェフのパフォーマンスを目と耳で
楽しみながら、楽しく食事した。この店も推薦できる!

明日の朝はいよいよ帰国で、チェックアウトが早いので、
荷物の整理後早めに寝た。

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ニュージーランド(NZ)旅行:2001年8月14日(火)

2001年08月14日 | その他あれこれ
朝食はホテルの1階にあったMacをはじめ、
さまざまなお店が集まったCafé(フードコートというらしい)で
サンドイッチなどを購入し、部屋に戻った。

NちゃんとMちゃんは好きなものを見つけてくるといったまま、
なかなか戻って来なかった。

10:30になったので、心配になって下に下りたところ、
Macの10:30からのメニューを待っていたようで、
その間2Fから4Fの店を色々チェックしていたようだ。

この日は買い物Day。まずSky Towerに上って、Auckland市内を確認し、
Nちゃんが2週間勉強したオークランド大学やホームステイ先のあたりを、
約200mの高さから確認した。
NちゃんのRotoruaまでのバスのチケットを購入した後は、Queens St.で買い物。
この通りが一番の繁華街で何度も通る事になった。

昼食は前日の夜に確認していた、麺類中心の日本料理屋さんで軽く済ませ、
大橋巨泉のOKギフトショップやNちゃんが前日チェックしていたブティックなどで買い物した。
僕は女性の買い物に付き合うのはしんどいので、途中で分かれ
酒屋さんでビールとワインを購入し、ホテルでゆっくり休んだ。
夜は、ホテルの1階にあったドラゴンボートという中華料理屋さんで、
あわび、すずめの巣、ふかひれなどをはじめとして中華料理を楽んだ。
非常においしかった。紹興酒もうまかった。

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ニュージーランド(NZ)旅行:2001年8月13日(月)

2001年08月13日 | その他あれこれ
今日は朝の時間節約で、ホテルで初めて朝食を食べた。
ホテルの朝食は、どこも同じようなビュッフェスタイルで変化なく、
やはりNちゃんが行ったことがある場所のCafeの方が、同じ経験ができてよい。

今日のメインイベントはNちゃんの通っているロトルア女子高校の表敬訪問。
校長先生に10時にNちゃんがアポイントメントを取ってくれていたので、歓迎してくれた。
校長先生は、先日、大阪のK女子高に来たとき、Sちゃんと会っていたので、
懐かしかったようだ。我々からのお土産に校長先生は大満足だった。

校長先生への挨拶を終え、Waitomo Caveに向かった。ロトルアから約2時間弱。
ここは、土ボタルの群生で有名なとこだ。
昼食をすませた後、予約した時間になるとガイドが付いてくれ、鍾乳洞の
解説を聞きながら、最後にボートに乗って、洞窟内の天井に群生している土ボタルを見た。
20名くらいが1つのボートに乗っていたが、
全員シーンとしてこの世のものと思えない光景に見とれた。

さて、Hamilton経由で一気にAucklandに向け、ハンドルを切った。
道中、道の良い所では160km/hで突っ走った。
ダウンタウンに近づくにつけ、道が分かりにくく、ホテルにたどり着くのに苦労した。
Rotoruaと違って、Aucklandはさすがに大都会だ。
ホテルの名前が、なぜか1週間前にCentra AucklandからCrown Plazaに変更になっていた。
Frontがlevel 4にあり、駐車場がlevel 7以上でちょっと戸惑った。

部屋はlevel 21で見晴らしが良く、最高だったが、ここでもエキストラベットが入っておらず、
続き部屋に変更できないか要望しても、できないといわれた。
良く確認すると隣の部屋はダブルの部屋になっており、無理な要望をしていたようだ。
夕食は、そろそろ日本語の通じるお店でゆっくりと食事したらご両親にも良いとのことで、
写楽というてんぷらのお勧めの店に行った。
各自好きなものを注文し、お父さんは久しぶりの日本酒、お母さんは日本茶を楽しんだようだ。

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ニュージーランド(NZ)旅行:2001年8月12日(日)

2001年08月12日 | その他あれこれ
朝食は、Nちゃんが何回か行ったことがあるショッピングセンター内の
Caféに行こうとしたが、10時オープンなので、新しい店に挑戦。
Winpy Familyという店に入る。

僕は念願のFish&Chips(NZで一般的な食事で、Macのフィレオフィッシュの中身に
ポテトチップがついているものみたい)を選んだ。
Nちゃんに言わせれば、本来は日本のてんぷらのような衣になっているらしいが、
注文したのはコロッケのような衣だった。
子供たちは、相変わらずこれでもか、というくらいにケーキまで頼んでいた。
(ご機嫌だったのだろう)

食事が終わってから、Taupo湖に向かってドライブに出発。
道中の景色、ロードコンディションは最高だった。
将来の道路拡張まで考えているのか、森を切り開くのもすごい幅で、
いつでも倍の車線に増やすことができるようになっている。

また、追い抜き用のレーンが随所にあり(Pass Lane)
常時100-120Km/hくらいで走れた。
国全体が牧場か?と見間違うような風景が続き、点々と
羊や牛がのんびりと草を食べていた。

Rotoruaから1時間強でTaupoに到着。
Taupo湖はNZで一番大きな湖で、対岸には雪を頂く雄大な
Mt.Tongariroが眺望をすばらしいものにしていた。

この日の圧巻は、ワイカト川のジェットボートだった。
一人60$と少々割高に思ったが、なんのなんのすごい迫力。
川の中を多分80Km/h以上のスピードで、大きな流木の脇をすり抜け、
360度の回転を何回も行い、全身ずぶぬれ!
そのために、防水のコートに救命胴衣付の重装備で乗船した。
そして、そのボートでHuka Fallを見学。
きれい!迫力!高さはあまりなかったけど、すごい水量で
水の色がとてもきれい!水しぶきによる虹つきだった。

昼食は、ジェットボートの付属Café、なかなかおしゃれなレストランだった。
僕はここでもFish&chipsを食べ、Mちゃんは子供用のチキンナゲットを頼んだところ、
Fish&chipsがきて、別途正しいものが来て得しちゃいました。
(Mちゃんは、間違って持ってきたお店の子を気にしていた)

帰りは、お義父さんが車を運転した。
NZ初デビュー。1時間ほど約100Kmを走破した。
ロトルア観光案内所でお土産を購入した後、SteakHouseで夕食を楽しんだ。
このお店は。自分の好みのお肉を選び、焼き方やソースの好みを言って、
焼いてもらうシステムになっていた。
しかし、お肉はちょっと固めだった。

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ニュージーランド(NZ)旅行:2001年8月11日(土)

2001年08月11日 | その他あれこれ
朝食は、これもNちゃんの案内でRobert Harris Cafeに行き、軽食を取る。
といっても朝から皆はケーキやらなんやら食べまくっている。
NZでは本当にCaféが一般的のようで、オークランドでは至るとこにあった。

朝食の後、皆はまだCaféでのんびりしていたので、タバコを吸うために外に出て、
ニュージーランドの記念として近所のお土産屋で帽子を購入。
お土産屋のおじさんはとても気さくな人だった。
その後、お父さんも帽子をその店で購入。
おじさんは帽子が又売れたととてもご機嫌だった。
ここでも「Lovely!」という言葉を聞く。
「すばらしい、うれしい、ありがとう、かわいい」などの意味があるようだが、
NZ人(Kiwi)は好んで使っているようだ。

シティセンターやらその他のお土産屋を巡り車に戻ると、
パーキングメーター時間オーバーの罰金の連絡シートがワイパーに挟んであった。
1時間駐車で料金は50¢で安かったが、多分30分以上オーバーしたのだろう。
10$の罰金を払った。「日本からきたので、ルールを知らなかった。」と言っても、
「我々は、詳しい話を聞かない。話があるなら、月曜日にオフィスに行ってくれ」と
言われたので、時間がないのでしぶしぶ払った。
さすがのNちゃんも、車の運転をしないので、その仕組みは知らなかったようだ。

気分を取り直して、大地熱地帯のファカレワレワに向かう。
Nちゃんは学生IDのおかげで、入場料がただのようだ。
5名分81$を払う。園内のマオリ村(これは大した事なし)を見てから、
灼熱の泥が噴出していたり、ポルツ・ガイザーという
20m+αくらい蒸気が噴出す間欠泉が見ごたえあった。
また、ニュージーランドの国鳥であるKiwiの見学もできた。
1日のうち20時間寝ている鳥とのことで、動き回っているところを
見られたのはラッキーであった。(真っ暗な飼育所でした)

次に向かったのは、レインボーファームとレインボースプリング。
ここで昼食も食べた。レインボースプリングは虹鱒を中心に広い動植物園になっている。
圧巻は、レインボーファームで、羊ショーを楽しい会話でテンポ良く楽しませてくれた。
羊の値段がわずか1頭当り65$?ということにびっくり。(単位間違えか?)
ノンゴタハ山のレストランまで上がって、ロトルアの全景を楽しもうと思ったが、
聞いた道順が分からなくなって断念。
代わりに、ロトルア湖畔でしばらく風景を楽しみ、Nちゃんが予約してくれた
Centra  Rotorua Hotel のマオリコンサート付ディナーショーに向かった。

Nちゃんは別のツアーに行ったことがあるようだ。
Nちゃんが行ったのは、バスに乗ってロトルア湖畔のマオリ村に行き、
コンサートを見学した後、帰りのバスで各国の歌を見学者が
披露するようになっているらしい。

ホテルのディナーショーは正解だった。
まず、ホテルのロビーに女性と男性のマオリ人が登場。
女性が口上を述べ、男性は戦いの挑発の表情で、ロビーを一巡、
その後その女性の案内で、ホテル場外のハンギ料理の調理場所に案内。
(マオリの伝統料理で、地熱を使って肉や野菜を蒸し焼きにする)
そこで実際にクッキングしたハンギ料理をコックが取り出し、
ディナー会場に運び入れる趣向。
料理はハンギ料理を中心に海鮮料理などバイキング形式。

オークランドから来ていた日本人(淡路島出身高1の女高生、2週間の短期留学)を
預かっているKiwiのホストファミリー(親子娘の3人家族)と同席になった。
とても明るいKiwi人だった。
自己紹介で関西のエネルギー関係の会社に勤めていて、顧客の数は600万以上と言うと
とてもびっくりしていた。当たり前である。NZの人口は380万人しかいないのだから。(^0^)

マオリのコンサートは、観客を上手に巻き込み、楽しいものだった。
最後に聞いた曲が良くて(Nちゃんも口ずさんでいたので、有名な曲なのだろう。
<「POKAREKARE ANA」という曲> 記念に23$でCDを購入。
翌日のTaupo湖までのドライブのとき車内で流して、雰囲気を盛り上げることができた。

ホテルに帰るとどこかの企業だろうか? IFの吹き抜けレストランで貸切パーティーをしており、
夜中の12時半まで騒いでいたようで、僕以外のメンバーは、なかなか寝付けなかったようだ。

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ニュージーランド(NZ)旅行:2001年8月10日(金)

2001年08月10日 | その他あれこれ
入国検査で第1番目の事件発生。
お義母さんのみかんが密輸入扱いで、お咎めが出た。
S子がルールに気付かなかったと一生懸命説明し、没収だけで済んだ。
僕とMちゃんは先に出ていたので、どうしようもなかった。
戻ろうとすると、屈強な警備員に、「だめだ!」と制止されてしまった。

仕方がないのでその間、レンタカーの手続きを済ませておく。
ばたばたとしたが、レンタカーに荷物を積み、いざ出発。
FordのFalconという青のステーションワゴン、多分3000ccのV6エンジン。
走行距離2000Kmほどの新車なのが幸い。

ここで、第2の事件発生。道が分からない!
20号線から1号線に入るのに、戸惑ってしまい、1号線を逆に北上し
オークランドの市街に入り、おまけに湾をまたがっている大きな橋を越えて、
対岸まで行ってしまった。

折り返しの途中でもFreewayから離れてしまい、先行きの不安がよぎる。
どうも、NZの行き先表示板の設置位置が直前で、かつ字が小さく、
横文字なので見過ごしてしまうのだ。
 
なんとか、1号線の正規ルートに乗り、ナビゲーターのSちゃんに
2号線の分岐ポイントをチェックするよう依頼。
1号線のサービスセンター(NZでは、サービスエリアと言わない)でトイレ休憩、
飲み物購入、ロトルアとオークランドの地図を購入。
2号線をひたすら走る。

途中Waihiで昼食。僕とSちゃんはケンタッキーフライドチキン、
他のメンバーはパン屋さんでパンを購入。
N子に電話するために、公衆電話の位置を聞き、TELBOXに行くと、現金がだめ。
急遽テレフォンカードを探す。偶然道路の反対側に郵便局があり、
だめもとで聞いてみるとテレフォンカードを扱っておりラッキーであった。
Sちゃんは「だから関空で購入しとこうといったのに・・・・」という顔をしている。(・_・;) 

郵便局の(現地は民営か?)おばちゃんが「ロトルアなら5ドルで良いだろう」と
いうことで、一番安いのを購入。
後で知ったが、2種類の会社があり、もうひとつの会社の方が良かったみたいだ。

Nちゃんは、我々を迎えるために、今日、金曜日から水曜日まで学校を休んで
くれている。N子に午後3時過ぎにホテルに着く事を伝える。

Tauranga経由でRotoruaに向かう。
キウィのフルーツ工場の大きな看板を見て、Rotorua湖の東側から市街を目指す。
Rotorua湖を通り過ぎる辺りから、腐った卵の匂い(硫黄)がしてきた。
『Nちゃんは毎日、この匂いをかいで生活してるのだなぁ』とちょっぴり感慨深くなる。 

Rotoruaは小さな町で、なんとなくホテルまでスムーズに到着。
(道中の町よりは当然大きかった)
町の中なので、交通ルールに気を使う。
無信号交差点のロータリー式は右側車両が優先。
それと当方左折・先方右折なら右折優先。この2点がポイント!

競馬場に隣接しているRydges Rotorua Hotel に到着。
チェックインを済ませ、部屋に入るが、ベットが2つしかない!
Nちゃんも泊まることになったので、トリプルを2部屋頼んだのに、
一体どうなっているんだ!と思いフロントに電話しようと思っても
電話に他の案内があるがFrontの表示がない!
Operaterに電話し、Frontの電話番号を教えてもらう。

トリプルの部屋を予約したのに、ツインルームになっている!と
文句を言ったら、エキストラベッドを入れるからしばらく待てという。
予約内容が通じてないのか!と一瞬気分が悪くなったが、どうも3人部屋というのは
最初からなく、トリプルは必ずエキストラベッドで対応するらしい。
これって、世の中の常識! 
今後は、6人でゆっくりしようと思ったらツインルームで3部屋にしたほうがよさそうだ。 

Nちゃんがそろそろ来る頃ということで、ロビーに下りると、
NちゃんがFrontで係りの人となにやら話しているのを発見。
「Nちゃん、久しぶり!<あれ、ちょっと茶髪になっとんな!>
<ちょっと、大人っぽくなってる!>」

感激の対面を済ます。 6人揃って、Nちゃんのホームスティ先を訪問。
ホテルから1Kmくらいか?大きなショッピングセンターが200m以内に2ヶ所あり、
便利な、そして閑静な住宅街にホームスティがあった。

敷地内に台湾からの短期スティの男子2人が遊んでいた。
ママ役のトレーシーさんは、元モデルで千昌夫の元奥さんのジョンシェパード似の美人だった。
とてもやさしそうな人で、事前の想像とは大違い。クッキーと紅茶、コーヒーでもてなしてくれた。
Nちゃんの部屋も見たが、かわいい、日当たりのいい部屋で一安心。
トレーシーさんは風邪気味ということで、長居をせずに退去。
一応、用意していたメッセージをトレーシーさんに伝えた。
N子によると、一部英語がおかしかったようだ。(・_・;)  
N子は、日常会話はほとんど苦労しない程度に、相手の言っていることを理解し、
自分の言いたいことも伝えていたので、安心した。 

夕食は、N子が何回か行ったことのあるValentine`sというバイキング形式のレストランに
Nちゃんが案内してくれた。おすし、中華、イタリアン、フレンチなどなど世界の料理が堪能できて、
6人で162$ととても安かった。

その後、 Pak`n Saveという大きなショッピングセンターを覗き、ホテルに戻り無事2日目も終了。

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ニュージーランド(NZ)旅行:2001年8月9日(木)

2001年08月09日 | その他あれこれ
いよいよ7泊8日のニュージーランド(NZ)旅行の始まり。
朝早く起床し、スーツケースに荷物を詰め込む。
日本は、夏真っ盛りだが、NZは冬なので、携行品に気を使う。
コートが要らない程度ということで、セーターをスーツケースに入れておいた。
(最後まで使わなかった)
機内持込用のバックには、ベストとウィンドブレーカーを入れておいた。 

13:00にタクシーに来てもらい、南海の難波駅まで行く。
そこで、嫁さんのご両親と合流。義弟のH君一家が見送りに来てくれた。
ラピートのホームまで、見送ってくれ、T君が列車の発車とともに、
ホームを全速力で走り見送ってくれた。 

関空でお土産の不足を補充し、S子・M子用のスリッパと耳栓を購入。
他の店に置いていないタイプを見つけることができた。
早めにチェックイン、出国手続きを済ませ、免税店でNZ用の
ウィスキーとタバコを購入。
ホームステイ先のホストママ(トレーシーさん)も
タバコが好きとのことで、Dunhillを購入。 

夕刻6時頃にボーディングが始まり、着席。
2時間ほどして夕食。
グリルドスライス牛肉のなんじゃらソースがメインディッシュ。
腹が減っていたので、しっかりと食べた。
内容的には、いまひとつだった。
飲み物はいつもの通り、しっかりとウィスキー、ワインを飲む。
流れている映画もたいしたものでなく、眠りにつくが、
なかなか寝付けなかった。

朝食はオムレツ、ソーセージ、ハムなどなど。朝食としては、
許せる範囲。11時間の飛行の後、Aucklandに到着。

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