コミュニケルーム通信 米沢豊穂 近況心境 NPO・Anono Chiefdirector Yonezawa o・w・s

カウンセリング 、教育、文学、仏教などを中心に講演・執筆活動中の米沢豊穂が送る四季報のIN版です。

秋深まりて 旅と学びと 米沢豊穂 心境・近況

2013-11-18 | Weblog
【嵯峨野に遊ぶ】


渡月橋より嵐山・小倉山方面を望む。

久々に全く仕事以外での旅に出た。2泊3日だから旅などとは言えないかも知れないが、束の間の非日常を過ごしてきた。
いつも出張は、JR特急や新幹線を利用して時間との駆けっこだが、今回は出来るだけ「ユックリズム」で、普通電車や快速、
そして路線バスにも乗った。いつか「青春18切符」でのんびりと旅したいと思いながら。

まずは、普通電車で敦賀まで。

敦賀より新快速に乗り換える。綺麗な車両で座席はガラガラ。

京都で、こんな電車が。私は乗れないですが。

京都で連泊で宿をとり、2日間足の向くままぶらりと・・・。
何処へ行こうかしら。そうだ嵯峨野へ行ってみよう。四条大宮まで市バスに乗って嵐電に。

嵐電嵐山駅からてくてくと嵯峨野を彷徨。落柿舎でほっと一息。変わらないなぁ。懐かしいなぁ。


この佇まいがいいなぁ。
一句詠んだかって?いやいや、この度(旅)は歌も句も無縁です。ストレスゼロです。


蹲(つくばい)、手水鉢(ちょうずばち)、そして鹿脅し(ししおどし)の音にしばし耳を傾けて。



落柿舎敷地内の藤棚の木漏れ日が。日はまだ高い。


再びてくてく。天龍寺を経て渡月橋を渡り嵐山へ。
最近、頭が悪くなってるし、虚空蔵菩薩様の法輪寺さんへ参詣して、お知恵を授けて頂き、
ちょっと賢くなったような・・・。(w)



見晴らし台に。

まだ時間は十分だし、次はいずこへ。記し始めるとキリが無くなりそう。
後はまた何かの機会に。そしてまた、てくてくと足の向くまま気の向くままに流離うyoサンでした。

閑話休題
さてさて、リフレッシュして、最初のお仕事は、実践カウンセリング研究会・萌え木 の恒例「秋のワークショップ」でした。
今年は日帰りの1日研修でした。
行先は、福井市(旧・清水町)にある「ふくい健康の森」でした。美しい木々に囲まれ、温泉施設もあります。
生憎の雨模様でしたが、雨もまた格別の趣がありました。

銀杏の葉が舞い散る中を、傘をさしての散策もいいものです。

散策の皆さんの後姿を見送っていますと、まるで映画のワンシーンのようでした。


ふと見ますと雨の中にトンボがじっと止まっています。何処だか分かりますか?

さて、お部屋に戻ってワークです。と申しましても、構成的な「グループエンカウンター」の感じです。テーマは、
「心の履歴書」と名付けました。私が以前から1度やってみたいと思いプログラムしてみました。
とても好評でしたので、これから機会を得て更に工夫してやってみたいと思っています。







お部屋は、お茶室でもあり、とても風情があります。


お軸には「茶の湯とは ただ湯をわかし 茶をたてて飲むばかりなる本を知るべし」と、拝読いたしました。
利休居士の残された言葉の一つです。けだし名言ですね。お道具を求めて翻弄される茶人各位に、
今一度問い直して欲しいですね。


「今日もいい日だったわね」
もう1度、名残に黄葉の風景を眺めて、お開きとなりました。
お風呂はって。勿論、とてもよかったですよ。



【畏友・大田さんのこと】
話題は前後するのだが。
記そうかどうか些か迷っていたのだが。私の友人は皆畏友と呼ぶべき人ばかりである。
取り分け、しばらくお会いしないと「どうされてるかな」と気に掛かる方のひとりに、大田さんがある。彼とのお付き合いはもう随分長くなる。私のカウンセリング研修にご参加頂いたことが、そもそもの出会いであった。
その温和で、優しいお人柄は、カウンセリングで言うところの「受容度」が高く、用事が終わっても去りがたい気がする方である。
お付き合いしていて、数年を経てから分かったのだが、彼は私の亡き弟の高校時代のクラスメートであった。生前の弟と、大田さんの話題に及ぶと、いつも「大田君は高校時代から優しい人だった」と言っていた。特に弟が逝ってから、大田さんに会うと弟に会ったような気がしてならない。

その大田さんから電話が有り「難患連」の研修に来てくれないかと言うことであった。
それは「県難病患者連絡協議会」の「ピアカウンセリング研修」である。難患連さんには何度か講演に招かれてはいるが、今回は感慨が一入であった。

私は長年病気らしい病気の経験がなかったのだが、この春辺りから体調不良で、医大でMRIなどの検査の結果、若干の異常が見つかった。放っておいてよいものでもなくて、今は経過観察して来春再検査となった。
恥ずかしながら、自らが病気であるという認識を持つと、病気の方々のお気持ちが痛いほど分かる。

私は現在、カウンセリングスーパーバイザーとして、カウンセリング研修に於ける講義や講演をさせて頂いている。いつも、「共感的理解」について多くの時間を割いて講義やロールプレーをやる。私自身は30余年のカウンセラー経験から、共感能力はある方だと思っていた。

しかし、そんなものは思い上がりに過ぎないと、思い知らされた。
今回の講義は、難病患者さんがピアカウンセラーをされるための講義でもあり、テーマは「心がふれあうとき」とした。
勿論、カウンセラーとクライエントとの心のふれあいを言っている訳だが、内心は、この私と、聴講下さる方々との「心のふれあい」でもあった。

会場の皆さんのお顔がいい。私と心がふれあっていると感じたひと時であった。病気は無い方がいいとは思う。だけど、病気をして気付かされることの何と多いことか。
今更ながら、カウンセラーとして成長させて頂いた思いであった。




先日、大田さんからお手紙を頂いた。彼は折々にハガキや手紙を書いてくれる。私も、どちらかと言えば筆まめな方だが、最近は昔ほどは書かなくなった。
今宵、大田さんに手紙を認(したた)めようと思っている。

それでは、朝晩は冷え込むこの頃、皆さまご自愛専一に。


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