コミュニケルーム通信 米沢豊穂 近況心境 NPO・Anono Chiefdirector Yonezawa o・w・s

カウンセリング 、教育、文学、仏教などを中心に講演・執筆活動中の米沢豊穂が送る四季報のIN版です。

コミュニケルーム通信  ~2006年 新春号~

2006-01-01 | Weblog
長らくのご無沙汰をしてしまいました。皆さまにはお変わりございませんか。
年明けて北陸路は深い雪の中です。

さて、本欄について少しご説明したいと存じます。実は長年に亘り「コミュニケルーム通信」と銘打って、私が気の向くままに記したものを有縁の方々にお送りしてきました。印刷、発送等の作業は最初はカウンセリング研究会、後半はFCN事務局のお手を煩わせて来ました。昨年HPのUPを機に、郵送は止めてこのような形にさせて頂きました。

ところが、昨年は公私共にとても慌しい日々を過ごしましてパソコンに向かう時間がありませんでした。折々に講演などの旅先から皆さまに絵葉書やケータイメールなどで近況をお知らせするのが精一杯でした。

暮れに仕事が一段落したとたん、疲れがどっと込む?で、ひたすら眠っておりました。年賀状は?って。白地のままのハガキが机の上にどんと積んであります。近年には珍しく年賀状を出せなかったことに対する罪障感でって感じの昨日今日です。


ということで、今年から従来のコミュニケルーム通信を少しイメチェンして、書き始めることにします。コミュニケルームという名称ですが、かつて福井市内にささやかな相談室を持っていました。それをコミュニケルームと称していました。それがこの通信のネーミングの由来です。



閑話休題
昨年12月に能登は富来町(正確には合併により志賀町富来地区となったのですが)にお伺いしました。能登へはしばしば訪れますが「能登はやさしや土までも」と言われるように、とても人情の温かなところです。富来には5年ぶりの訪問ですが今回は特別な思いがありました。

実は、富来は自然主義文学作家の加能作次郎の出身地です。石川県といえば三文豪と呼ばれる犀星、鏡花、秋声が有名ですが、いずれも金沢の人です。ところが作次郎は能登の人です。金沢は加賀百万石の絢爛たる文化が花咲いた北陸の都ですが、能登は日本海の荒波打つ小さな漁港が点在する寂しい地でありました。
「能登はやさしや土までも」と前述しましたが、古語では「やさし」は人が痩せ細るほどに厳しいということだそうです。作次郎の作品「父の生涯」の中に「楽をして暮らすのも一生、難儀して暮らすのも一生、みんなてんでに与はっとるのや。何も不平を言ふことがない」という一節があります。この言葉に接したとき私の耳奥に聴こえて来たのはお念仏でありました。言葉の上面だけを聞きますと、やるせない空しさや悲しさを感じますが、それが念仏者の声になると決してそうではないのです。

傍から見れば大変に見える事柄であっても、愚痴や恨みがましいことは言わずに、それを受容してしまうと言うか、徒労や、葛藤をしないのです。カウンセリング的に言えば見方が変わるということに近い。「なぜ、私だけが・・・」と言うのではなくて「私だからこそ・・・」と見方を変えるのです。そうして一生懸命に生きていく。すると情況が変化していくのですね。愚痴や不平不満を言っているところに幸せは訪れないのです。

北陸は浄土真宗(親鸞の念仏の教え)が盛んなところです。特に能登の人々の人情に接するとお念仏の香りが漂ってきます。私の住む福井も真宗王国と称されるぐらいに宗教としての真宗は繁盛しているようですが、それが人情とまでなっているかと言いますと??です。先年、島根県に何度かお伺いしましたが、石見地方は真宗が盛んなところであり、たくさんの温かな人情にふれさせて頂きました。また機会を得ましてお話させて頂きたいと思います。


体調が戻りますまで、もうしばらくのんびりさせて頂く予定です。講演や研修は第2週あたりから出させて頂きます。お目にかかることが出来ました折には是非お声をかけて下さいませ。

それでは今回は近況報告を兼ねましてこれで。ごきげんよう。

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