コミュニケルーム通信 米沢豊穂 近況心境 NPO・Anono Chiefdirector Yonezawa o・w・s

カウンセリング 、教育、文学、仏教などを中心に講演・執筆活動中の米沢豊穂が送る四季報のIN版です。

コミュニケルーム通信 ~2004年 秋号~

2004-09-01 | Weblog
ありがたや一巻ならぬ法のはな 数は四萬部(しまぶ)の寺のいにしへ
                                                    
秋風に誘われて秩父の四萬部寺へ詣でてきた。
秩父には34ヵ所の観音霊場がある。四萬部寺はその札所一番の寺である。
本尊の聖観音は秘仏のためご開帳の午年以外は拝めないが、前立本尊の聖観音
のお顔は拝することが出来る。また下段に立たれる、おたすけ観音さまは、お姿その
まま拝することが出来る。縁日でもないので他に参詣の人もなく静かな本堂で祈りを捧げてきた。 


私は人からよく 「あなたは自分の悩みはどのように解決されるのか」 等と質問される。何か特別の方法があるのか、或いは誰か他のカウンセラ-に掛かるのだろうか、などと興味を持たれるのかもしれない。しかし、悩みが全くないなどと言えば嘘になるが、大して深刻な悩みはないし、仮にあっても娑婆のことは娑婆で解決すると思っている。また、自分以外に、いや自分以上のカウンセラ-なんていないと思っている。なあーんて言うとキザに聞こえるかもしれないね。実はあるのです。私にとって最高、最善のカウンセラ-は観音さまである。
今年は春から沢山の相談に与った。特に子どもたちを巡る問題が数多く寄せられた。いずれも全力を傾けて関わってきた。しかし私も人間、時にはみんなの悩みをいっぱい貰ってしまって押しつぶされそうになることもある。そんな時は観音さまに聴いてもらってくる。背中いっぱいのみんなの悩みを観音さまの前ですっかり降ろさせて頂くという訳である。ただただ 「ありがとうございました。ありがとうございました」 とお礼を述べて額ずき奉るのである。
今日ほど祈りを忘れている時代はない。皆自分ばかりが正しく、えらいと思って過ごしている。ところが一たび困難なことに遭遇すると右往左往する。苦しい時の神頼みならぬ、私ごときに夜討ち朝駆けの電話である。何事もないふつうの日々を感謝することがあるだろうか。今日の幸せと感謝の祈りのひと時をもって
ほしいと切に思う。清水次郎長が金毘羅参りをする。あれは代参である。親分の代わりの金毘羅参詣であ
る。私は周りの人々のために代参をするのである。

物から心へと言われて久しい。その 「心」 とはいったい何だったのだろうか。近年、大学の心理学系が
大人気である。何か事件が起きると心のケア-と言って心理屋さんの出番である。心理学者が文化庁長官にまでなる時代である。何かおかしいとは思わないだろうか。私たちが心に描いてきた 「心」 とは心理学の心であったのだろうか。私は違うと思う。心の時代は心理学の時代ではない。暖かい心、優しい心、清らかな心・・・。それは心理学から得られるものではない。心理学から祈りは生まれない。
 
そのようなことを思いながら秩父路を後にし、熊谷から上越新幹線に乗り越後湯沢へ向かう私であった
つづきはまた別の機会に。どうぞ皆さまいい秋して下さいね。頓首                   
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