ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、前国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

果たして数学や社会科学の論文数は経済成長率と相関するのか?(国大協報告書草案17)

2014年07月11日 | 高等教育

 今回は、unknownさんからいただいた命題である、「果たして基礎研究は経済成長と相関するのか?」という課題について、多少なりともお答えできないかと思い、各学術分野別論文数と各生産部門別付加価値増加率の相関を分析したので、その結果を報告します。ただし、基礎研究と応用研究を区別した論文データは得られず、完全な答えにはなっていません。でも、数学とか社会科学などの学術分野は、あまり経済成長と関係なさそうに思える分野なのですが。果たして付加価値増加率と相関するのかどうか?という結果は出ました。今日の長いブログをお読みいただければ、その答えがわかりますよ。

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(5)学術分野別論文数の国際比較

1)学術分野の分類について

 この項では学術分野別の論文数の国際比較について述べる。まず、学術分野の分類については、トムソン・ロイター社のEssential science indicatorsによる22分類にもとづいて分析した。しかし、22分類では分析が複雑となるので、表35に示したように、新たな括り方で9分野に絞って分析を行なった。なお、表35の括り方は、今回の分析のために試行的に行なったものであり、どのような括り方が妥当かについては、議論があると思われる。

 

 今回の9分野の括り方で、2012年(2011-2013の平均値)の全世界および日本の全論文数に占める各分野の割合を示したものが図82である。全世界の各分野の割合に比較した場合の日本の特徴は、「物理・化学・物質科学」の論文数の割合が高いこと、そして、「社会科学」の割合が低いことである。

2)分野別論文数と生産部門別付加価値増加率との相関分析

 次に、各分野別の論文数(人口当り)と、前項で検討したイノベーション実現割合、GDP,各生産部門別付加価値増加率との相関を分析した(表36,37,38,39)。また、各学術分野の論文数間(2002-2004平均値)、および、各生産部門付加価値増加率間(2011/2005)の相関関係を表40、表41に示した。

 まず、論文数合計と各学術分野別論文数とは、概ね正の相関が認められるが、良く相関する分野は、臨床医学、薬・バイオ、情報・エンジニアリング、複合領域であり、数学との相関は弱かった(表40)。

 各学術分野間では、臨床医学と薬・バイオ分野の相関係数は0.919と高く、また臨床医学、薬・バイオ、情報・エンジニアリング分野はほぼ同様の挙動を示した。物理・化学・物質科学、農動植物、数学、地球・宇宙分野も、概ね同様の傾向は示すものの、各分野で微妙な違いがある。数学と社会科学は、他の分野とは異なった挙動を示す。

 各生産部門別付加価値増加率(2011/2005)間の相関では、GDP増加率(経済成長率)と各部門の付加価値増加率は概ね正の相関を示すが、最も良く相関をしたのは、流交通食サービス部門(相関係数0.8946)、行政教育健康部門(相関係数0.772)であった。各分野間では、鉱工業エネルギー部門が製造部門と相関係数0.7538と有意の相関をした。なお、製造部門の付加価値は、鉱工業エネルギーの内数として計上されている。

 また、流交通食サービス部門と鉱工業エネルギーおよび製造部門間、行政教育健康部門と金融部門、情報通信部門とその他の部門など、いくつかの部門間で正の相関が認められる。

 人口当りの論文数合計とGDP 増加率とは有意の正相関が認められ、今までの項でも検討したが、プロダクト・イノベーション実現割合および新規プロダクト・イノベーション実現割合とも正相関が認められた。各生産部門別付加価値増加率とは、10%の危険率の水準ならば、建設部門の付加価値増加率を除いては、正相関が認められた。

 各分野の論文数とプロダクト・イノベーション実現割合との相関では、臨床医学、薬・バイオ、情報・エンジニアリング、物理・化学・物質科学、および複合分野の論文数との間で有意の正相関が認められた。新規プロダクト・イノベーション実現割合との相関でも、プロダクト・イノベーション実現割合よりもやや弱いものの、ほぼ同様の傾向を示した。

 各分野の論文数と、各生産部門別の付加価値増加率とは、それぞれの分野ごとに相関の強弱が異なり、また、相関するパターンも異なっているが、どの学術分野の論文数も、いずれかの生産部門の付加価値増加率と相関することが観察された。

 農林水産部門付加価値増加率は、臨床医学、薬・バイオ、情報・エンジニアリング、物理・化学・物質科学分野の論文数と正相関し、鉱工・エネルギー部門付加価値増加率は、臨床医学、物理・化学・物質科学、地球・宇宙、複合分野と、製造部門付加価値増加率は、物理・化学・物質科学、地球・宇宙、複合分野と正相関する傾向が認められる。

 以下、建設部門付加価値増加率は地球・宇宙、数学分野と、流交通食サービス部門付加価値増加率は、臨床医学、薬・バイオ、情報・エンジニアリング、物理・化学・物質科学、地球・宇宙、数学、複合分野と、情報通信部門付加価値増加率は、臨床医学、薬・バイオ、情報・エンジニアリング、物理・化学・物質科学、農動植物環境、複合分野と、金融部門付加価値増加率は、情報・エンジニアリング、地球・宇宙、数学、社会科学分野と、不動産部門付加価値増加率は薬・バイオ、情報・エンジニアリング、物理・化学・物質科学、農動植物環境、地球・宇宙、複合分野と、専門技術経営支援部門付加価値増加率は、臨床医学、情報エンジニアリング、動植物環境、地球・宇宙、社会科学分野と、行政・教育・健康部門付加価値増加率は臨床医学、薬・バイオ、農動植物環境、地球宇宙、社会科学部門と、その他部門付加価値増加率は、臨床医学、薬・バイオ、情報・エンジニアリング、物理・化学・物質科学、複合分野と、それぞれ正相関する傾向が認められた。

 今回の分析の対象となったOECD諸国を中心に、その学術分野別の論文数(人口当り)のプロフィールを図84(2003年)、および図85(2012年)に示す。

 

 

 

 

 各国により、プロフィールには若干の相違があり、それぞれの国に得意分野、不得意分野があることが伺われる。たとえば、スイスの「物理・化学・物質科学」は突出しているし、また、「農動植物環境」では、ニュージーランドが突出している。(なお、ニュージーランドは欠損値の関係で、相関分析からは除いている。)

 2003年の各分野論文数(図83)では、日本は多くの分野で最下位であるものの、「物理・化学・物質科学」の分野では最下位ではなかった。しかし、2012年の各分野論文数(図84)では、世界各国がすべての分野で論文数を増やしていることに対して、日本の伸びは悪く、すべての分野で最下位になり、「物理・化学・物質科学」分野での日本の優位性は失われている。

 

<含意>

 この項では、学問分野別論文数と、イノベーション実現割合、GDPおよび各生産部門別の付加価値増加率との相関分析を中心に行ったが、相関の強弱はあるものの、各分野の論文数は、GDP増加率(経済成長率)との間で正相関し、また、いずれかの生産部門の付加価値増加率と間で正相関が認められた。

 ここで、一つ気づかれることは、イノベーション実現割合との相関が低い学術分野の論文数であっても、GDP増加率や、いずれかの生産部門の付加価値増加率と正相関が認められることである。

 先にも述べたように、OECDのイノベーション実現割合の調査には、農林水産部門が含まれていないことや、各生産部門別のデータが利用できないことなど、データの限界を念頭に置く必要があるが、論文数などで表される大学の研究機能が、OECDのイノベーション実現割合という指標ではカバーしきれない、何らかの別のルートや因子を介して付加価値増につながっている可能性も否定できない。

 数の少ない国家間の相関分析には限界があり、また、GDP という多くの要因が影響を与える変数を扱っているので、交絡因子も多く、そのデータの解釈は慎重でなければならないが、各学術分野論文数と各生産部門付加価値増加率との間の相関は、概ね常識的な範囲で解釈できるものが多いのではないかと思われる。

 「複合領域」の論文数は、全体のGDP増加率や、いくつかの生産部門の付加価値増加率と正相関をしたが、図82~84に示すように「複合領域」の論文数はきわめて少なく、その論文や研究が直接的にGDP や生産部門別付加価値増加率に寄与したとは考えにくい。相関関係は、因果関係を示しているとは限らず、何らかの間接的な影響を反映している場合も多い。表40に示すように、複合領域の論文数は、全体の論文数と相関係数0.851で正の相関をするし、薬・バイオ分野や物理化学物質科学分野の論文数とも正相関をする。したがって、全体の論文数やこれら二つの学術分野と相関する因子は、複合領域の論文と直接的な因果関係がなくても相関をする可能性がある。

 

 表40に示した各学術分野論文数間の相関において、臨床医学および薬・バイオ分野の論文数が、全体の論文数と強い相関をするのは、一つには、この二つの分野の論文数が全体の論文数の中で比較的大きい比率を占めることと、各国ともその人口やGDPに応じて、同じような比率でこの分野の研究に力をいれていることを反映していると考えられる。各国の個性が出やすい学術分野については、その論文数と、全体の論文数との相関は弱くなる。

 数学や社会科学は、一見経済成長とは結びつきにくいような印象を与える分野であるが、数学の論文数は、GDP増加率、および建設、流交通・食サービス、金融部門の付加価値増加率と、また、社会科学の論文数は金融、行政・社会保障・教育・健康部門の付加価値増加率と正相関を示した。必ずしもすべての相関を明快に説明できるわけではないが、ある程度は常識的に関連付けられるのではないかと思われる。特に、数学の論文数と金融部門の付加価値増加率が正相関したことは、近年の金融工学の発達が金融部門に与えた大きな影響を考えると、興味深いことであるし、また、流行通食サービス部門付加価値増加率と相関したことについても、近年のビッグデータ分析技術の発達と何らかの関連性を想起させる。

 

 今回の検討では、基礎研究と応用研究の論文数を区別しておらず、どちらがよりイノベーション実現割合や付加価値増加率に寄与するのか不明である。もとより、基礎研究と応用研究の区別をつけることは困難であるが、今回の学術分野において、比較的基礎研究が多いと想像される数学や地球・宇宙などの論文数も、あるいは、社会科学などの論文数も、いずれかの生産部門の付加価値増加率との間に正相関が認められた。

 イノベーション実現や付加価値増加のためには応用研究が必須であるが、応用研究を成功させるためには基礎研究が欠かせないわけで、民間企業においても基礎研究は行われている。結局のところ、基礎研究と応用研究の適切なバランスや、基礎研究を効果的に応用研究やイノベーションに結び付けるシステムの整備の問題であろうと思われる。断定はできないものの、今回の結果は、応用研究ばかりでなく、基礎研究の経済成長への貢献も示唆するものではないかと思われる。

 OECD14か国で調べた2003年の学術分野別の人口当り論文数のプロフィールでは(図83)、日本のお家芸とも言われた「化学・物理・物質科学」だけは最下位でなかったが、2012年時点では(図84)すべての分野で最下位となっている。特に、前項図80、図81に示したように、各生産部門別付加価値のプロフィールで、製造業における日本の優位性が、2005年から2012年にかけて失われたが、製造業の付加価値増加率と相関する「物理・化学・物質科学」分野の論文数の日本の優位性も同時期に失われたことは、両者の密接な関係性を想起させる。

 また、社会科学分野は、以前から日本の弱い分野であるが、OECD諸国が急速に論文数を増やしたことに対して、日本はわずかの伸びにとどまり、その差は圧倒的なものとなっている。

 企業や組織、あるいは国においても、「強み」と「弱み」を分析して、「弱み」を捨てて「強み」に資源を集中する「選択と集中」(重点化)が経営戦略の常套手段であるとされている。もともと「選択と集中」は、市場において2番目以上のシャアを期待できる部門以外は捨て去るというGE社のジャック・ウェルチCEOの取った経営戦略とされている。その後GE社は、インフラ事業も含めて多様な事業で成功をおさめている。GE社は「選択と集中」戦略が有効に機能する「多様性」を持っていたのである。

 図84の学術分野別論文数のプロフィールでは、日本の「強み」は一つもなく、すべてが弱い分野ということになる。その中でも、極端に弱い分野としては例えば「情報」や「社会科学」がある。日本の場合は「強み」「弱み」分析に基づいて有効な「選択と集中」(重点化)戦略を取れるような状況にはすでになく、絶対的に研究力が不足しているのである。

 

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