日本人の ”戦い”

激動する時代の日本に多大な影響を与えた人物の思索をたどる。

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西郷隆盛 「南洲手抄言志録」 (そのニ)

2016-09-15 15:41:02 | 西郷隆盛

南洲手抄言志録

佐藤一齋・秋月種樹(古香


山田濟齋訳


一六 賢者臨歾、見理當一レ然、以爲分、恥死、而希死、故神氣不亂。又有遺訓、足以聳一レ聽。而其不聖人亦在於此。聖人平生言動無二一一レ訓。而臨歾、未必爲遺訓。視死生眞如晝夜、無念。

〔譯〕賢者は歾(ぼつ)するに臨のぞみ、理(り)の當(まさ)に然るべきを見て、以て分(ぶん)と爲し、死を畏(おそ)るゝを恥(は)ぢて、死を安(やす)んずるを希(こひねが)ふ、故に神氣(しんき)亂(みだれ)ず。又遺訓あり、以て聽(ちやう)を聳(そびや)かすに足る。而かも其の聖人に及ばざるも亦此に在り。聖人は平生の言動一として訓に非ざるは無し。而て歾するに臨(のぞ)みて、未だ必しも遺訓を爲(つく)らず。死生を視(み)ること眞に晝夜(ちうや)の如し、念著つくる所無し。

 

〔評〕十年の役、私學校の徒と、彈藥製造所を掠(かす)む。南洲時に兎を大隈山中に逐(お)ふ。之を聞いて猝(にはか)に色を變(か)へて曰ふ、誤(しま)つたと。爾後(じご)肥後日向に轉戰して、神色夷然(いぜん)たり。

 

一七 堯舜文王、其所遺典謨訓誥、皆可以爲萬世法。何遺命如之。至於成王顧命、曾子善言、賢人分上自當此已。因疑孔子泰山之歌、後人假託爲之。檀弓※(「匚<口」、第4水準2-3-67)レ信、多此類。欲聖人、而却爲之累 

〔譯〕堯舜(げうしゆん)文王は、其の遺(のこ)す所の典謨(てんぼ)訓誥(くんかう)、皆以て萬世の法と爲す可し。何の遺命(いめい)か之に如(し)かん。成王の顧命(こめい)、曾(そう)子の善言に至つては、賢人の分(ぶん上)自(おのづ)から當(まさ)に此の如くなるべきのみ。
 因つて疑うたがふ、孔子泰山の歌、後人假託(かたく)之を爲(つく)れるならん。檀弓(だんぐう)の信じ叵(がたき)こと此の類多し。聖人を尊ばんと欲して、却かへつて之が累るゐを爲せり。

 

一八 一部歴史、皆傳形迹、而情實或不傳。讀史者、須要下就形迹以討中出情實上。

〔譯〕一部の歴史、皆形迹(けいせき)を傳(つた)へて、情實(じやうじつ)或は傳らず。史を讀む者は、須らく形迹に就(つ)いて以て情實を討(たづ)ね出だすことを要すべし。

 

一九 博聞強記、聰明横也。精義入神、聰明竪也

〔譯〕博聞強記はくぶんきやうきは、聰明そうめいの横よこなり。精義せいぎ神に入るは、聰明そうめいの竪たてなり。

 

二〇 生物皆畏レ死。人其靈也、當下從死之中、揀中出不死之理上。吾思、我身天物也。死生之權在天、當受之
 我之生也、自然而生、生時未嘗知一喜矣。則我之死也、應亦自然而死、死時未嘗知一レ悲也。天生之而天死之、一聽于天而已、吾何畏焉。
 吾性即天也。躯殼則藏天之室也。精氣之爲物也、天寓於此室。遊魂之爲變也、天離於此室
 死之後即生之前、生之前即死之後。而吾性之所以爲一レ性者、恒在於死生之外、吾何畏焉。
 夫晝夜一理、幽明一理。原始反終、知死生之理、何其易簡而明白也。吾人當下以此理自省上焉。
 

〔譯〕生物は皆死を畏(おそ)る。人は其靈(れい)なり、當に死を畏るゝの中より死を畏れざるの理を揀出(けんしゆつ)すべし。吾れ思ふ、我が身は天物なり。死生の權(けん)は天に在り、當に之を順受(じゆんじゆ)すべし。
 我れの生るゝや自然にして生る、生るゝ時未だ嘗て喜(よろこ)ぶことを知らず。則ち我の死するや應(まさ)に亦自然にして死し、死する時未だ嘗て悲むことを知らざるべし。天之を生みて、天之を死(ころ)す、一に天に聽(まか)さんのみ、吾れ何ぞ畏れん。
 吾が性は即ち天なり、躯殼(くかく)は則ち天を藏(おさ)むるの室なり。精氣の物と爲るや、天此の室に寓(ぐう)す。遊魂(いうこん)の變(へん)を爲すや、天此の室を離(はな)る。
 死の後は即ち生の前なり、生の前は即ち死の後なり。而て吾が性の性たる所以は、恒(つね)に死生の外に在り、吾れ何ぞ畏れん。
 夫れ晝夜は一理なり、幽明(いうめい)は一理なり。始めを原(たづ)ねて終(をは)りに反(かへ)らば、死生の理を知る、何ぞ其の易簡(いかん)にして明白なるや。吾人は當に此の理を以て自省すべし。

 

二一 畏死者生後之情也、有躯殼而後有是情。不死者生前之性也、離躯殼而始見是性一。人須得不死之理於畏死之中、庶乎復一レ性焉。 

〔譯〕死を畏るゝは生後の情なり、躯殼(くかく)有つて後に是この情あり。死を畏れざるは生前の性なり、躯殼(くかく)を離はなれて始て是の性を見る。人は須(すべか)らく死を畏れざるの理を死を畏るゝの中に自得(じとく)すべし、性に復(かへ)るに庶(ちか)し。 

〔評〕幕府勤王の士を逮(とら)ふ。南洲及び伊地知正治、海江田武治等尤も其の指目(しもく)する所となる。僧月照(げつせう)嘗て近衞公の密命を喞(ふく)みて水戸に至る、幕吏之を索(もと)むること急なり。南洲其の免れざることを知り相共に鹿兒島に奔(はし)る。

 一日南洲、月照の宅を訪とふ。此の夜月色清輝なり。預(あらかじ)め酒饌(しゆせん)を具(そな)へ、舟を薩海に泛(うか)ぶ、南洲及び平野次郎一僕と從ふ。月照船頭に立ち、和歌を朗吟して南洲に示す、南洲首肯(しゆかう)する所あるものゝ如し、遂に相擁(よう)して海に投ず。次郎等水聲起るを聞いて、倉皇(さうくわう)として之を救ふ。月照既に死して、南洲は蘇よみがへることを得たり。南洲は終身月照と死せざりしを憾(うら)みたりと云ふ。

 

二二 誘掖而導之、教之常也。警戒而喩之、教之時也。躬行以率之、教之本也。不言而化之、教之神也。抑而揚之、激而進之、教之權而變也。教亦多術矣。

〔譯〕誘掖(いうえき)して之を導くは、教の常なり。警戒して之を喩(さと)すは、教の時なり。躬(み)に行うて之を率(ひ)きゐるは、教の本なり。言はずして之を化するは、教の神(しん)なり。抑(おさ)へて之を揚(あ)げ、激(げき)して之を進(すゝ)ましむるは、教の權(けん)にして而て變(へん)なり。教も亦術多し。

 

二三 閑想客感、由志之不一レ立。一志既立、百邪退聽。譬之清泉湧出、旁水不一レ得二渾入

〔譯〕閑想(かんさう)客感(きやくかん)は、志の立たざるに由る。一志既に立てば、百邪退き聽きく。之を清泉湧出(ようしゆつ)せば、旁水(ばうすゐ)渾入(こんにふ)することを得ざるに譬(たと)ふべし。

〔評〕政府郡縣の治ちを復せんと欲す、木戸公と南洲と尤も之を主張す。或ひと南洲を見て之を説く、南洲曰く諾(だく)すと。其人又之を説く、南洲曰く、吉之助の一諾、死以て之を守ると、他語(たご)を交まじへず。

 

二四 心爲靈。其條理動於情識、謂之欲。欲有公私、情識之通於條理公。條理之滯於情識私。自辨其通滯者、即便心之靈。

〔譯〕心を靈(れい)と爲す。其の條理(でうり)の情識(じやうしき)に動ごく、之を欲と謂ふ。欲に公私有り、情識の條理に通ずるを公と爲す。條理の情識に滯(とゞこほ)るを私と爲す。自ら其の通(つう)と滯(たい)とを辨(べん)ずるは、即ち心の靈(れい)なり。

 

二五 人一生所遭、有險阻、有坦夷、有安流、有驚瀾。是氣數自然、竟不免、即易理也。人宜居而安、玩而樂焉。若趨避之、非達者之見

〔譯〕人一生遭(あ)ふ所、險阻(けんそ)有り、坦夷(たんい)有り、安流(あんりう)有り、驚瀾(きやうらん)有り。是れ氣數(きすう)の自然にして、竟(つひ)に免(まぬが)るゝ能はず、即ち易理(えきり)なり。人宜しく居つて安んじ、玩(もてあそ)んで樂(たの)しむべし。若し之を趨避(すうひ)せば、達(たつ)者の見に非ず。

 

〔評〕或ひと岩倉公幕を佐くと讒(ざん)す。公薙髮(ていはつ)して岩倉邸に蟄居(ちつきよ)す。大橋愼藏(しんざう)、香川敬三、玉松操、北島秀朝等、公の志を知り、深く結納(けつなふ)す。南洲及び大久保公、木戸公、後藤象次郎、坂本龍馬等公を洛東より迎へて、朝政に任ぜしむ。公既に職に在り、屡々(しば/\)刺客(せきかく)の狙撃する所となり、危難累(しき)りに至る、而かも毫(がう)も趨避(すうひ)せず。

 

二六 心之官則思。思字只是工夫字。思則愈精明、愈篤實。自其篤實之行、自其精明之知。知行歸於一思字

〔譯〕心の官は則ち思ふ。思の字只是れ工夫の字なり。思へば則ち愈精明(せいめい)なり、愈篤實(とくじつ)なり。其の篤實より之を行と謂ひ、其の精明より之を知と謂ふ。知と行とは一の思の字に歸きす。

 

二七 處晦者能見顯。據顯者不晦。

〔譯〕晦(くわい)に處をる者は能く顯(けん)を見る。顯に據よる者は晦を見ず。

 

二八 取信於人難也。人不於口、而信於躬。不於躬、而信於心。是以難。

〔譯〕信を人に取るは難し。人は口を信ぜずして躬(み)を信ず。躬を信ぜずして心を信ず。是を以て難し。

〔評〕南洲守庭吏(しゆていり)と爲る。島津齊彬公其の眼光烱々(けい/\)として人を射(い)るを見て凡人に非ずと以(お)爲(も)ひ、拔擢して之を用ふ。公嘗かつて書を作つくり、南洲に命じて之を水戸の烈公に致さしめ、初めより封緘(ふうかん)を加へず。烈公の答書(たふしよ)も亦然り。

 

二九 臨時之信、累功於平日。平日之信、收効於臨時

〔譯〕臨時の信は、功(こう)を平日に累(かさ)ぬればなり。平日の信は、効を臨時に收をさむべし。

〔評〕南洲官軍の先鋒となり、品川に抵(いた)る、勝安房(かつあは)、大久保一翁、山岡鐵太郎之を見て、慶喜罪を俟‘(まつ)の状を具陳(ぐちん)し、討伐を弛(ゆる)べんことを請ふ。安房素より南洲を知れり、之を説くこと甚だ力む。乃ち令を諸軍に傳へて、攻撃を止とゞむ。

 

三〇 信孚於上下、天下無甚難處事

〔譯〕信上下に孚(ふ)す、天下甚だ處(しよ)し難き事無し。

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