日本人の ”戦い”

激動する時代の日本に多大な影響を与えた人物の思索をたどる。

日米戦争の経緯 東條英樹 「宣誓供述書」(全文) その18 十二月一日の御前会議   

2016-12-31 22:11:27 | 東條英機

               パル判事の碑文 (靖国神社)

十二月一日の御前会議 


 一一五 

 前に縷々述べた如く一九四一年(昭和一六年)十一月言うかの御前会議に於ては一方日米交渉が誠意を以て進めると共に、他面作戦準備は大本営より具体的に進められることとなりました。斯くして米国の反省を求め、外向の妥結を求めんとしたものでありましたが、十一月二十六日に至り米国の最後通牒に接し我が国としては日米関係はもはや外交接触に於いては打開の道なしと考へ得ました。此のことは前にも述べた通りであります。以上の結果を辿ってここに開戦の決意を為すことを必要としたのであります。

 これが為開かれたのが十二月一日の御前会議であります。此の会議は連絡会議の出席者ぼ外政府側からは全閣僚が出席しました。此の会議では従前の例により御許しを得て私が議事進行の責に當りました。

 

當日の議題は「十一月五日決定の国策遂行要項」に基く対米交渉遂に成立するに至らず。

帝国は米英に対し開戦す」(法廷証第五八八号の末尾)

といふのであります。劈頭私は総理大臣として法廷二九九五四号の如き(英文記録二六〇七二号)趣旨を述べそれより審議に入ったのであります。

東郷外相より日米交渉のその後の経過に就き法廷証第二九五五号英文記録二六〇七頁の如き報告を致しました。

永野軍令部総長は大本営両幕僚長を代表して作戦上の立場より説明せられました。その要点は私の記憶に依れば次の通りであります。

(一)米英蘭其後の軍備は益々増強せられて居る。重慶軍は強力なる米英側の支援を受けて益々交戦継続に努力して居る。米英首脳者の言動に依れば米英側は既に戦意を固めて居るものと思われる。

(二)陸海軍は前回の御前会議(十一月五日)の決定に基づき戦争準備を進め今や武力は発動の大命を仰ぎ次第作戦行動に移り得る態勢に在る。

(三)「ソ」聯に対しては厳重に警戒して居るが、外交施策と相俟ち目下の所、大なる不安はない。

(四)全将兵の士気極めて旺盛、一死奉公の念に燃えて居る。命令一下勇往邁進大任に赴かんと期して居る。と。

 

私は更に内務大臣として民心の動向、国内の取締、外人及び外国高官の保護、非常警備等に就き説明を加へ、大蔵大臣よりは我国財政金融の持久力、農林大臣からは長期戦に至った場合の食料の確保等に就き説明がありました。原枢密院議長から次の数項に亘り説明があり、之に対し政府及び統帥部より夫々説明したのであります。

 

其の要旨を簡単に言へば次の通りであります。

一、米国側の軍備並びにその後の増強に対し、海戦勝利の見通しの有無—之に対し軍令部総長より米国の軍備は日々増強して居る。米子の艦隊は其の全部の四割を大西洋に分割して居る。此は俄かに太平洋に持ち来ることは困難である。「イギリス」艦隊の極東増強は或る程度予期しなければならぬ。又現に極東に来つつある。但し欧州戦の観点より大なるものを持って来ることは出来ぬであらう。米英の全力は連合軍であるといふ弱点を包蔵して居る。故に彼が決戦を求めてくれば勝算はある。問題は長期戦になった場合である。其の見通しについては形而上下の各種要素、国家総力の如何は世界情勢の推移如何に因りて決せられるる処大にして今日に於て数年後の確算の有無を断ずること困難である。(此時の説明に際して「ハワイ」攻撃其他の攻撃の統帥事項に関する具体的の事に就いては少しも口外せず)

二、泰國の動向と之に対する措置――此の問題については主として私が答へました。その趣意は泰國の動向は作戦お実施に伴ひ軍事上、外交上極めて機微なる関係にある。殊に泰に対しては「イギリス」政府の抜くべからざる潜勢力がある。政府及び統帥部に於ても米英に対する作戦実施に際し泰國に対しては特に慎重なる考慮を払ひ適切たる処置を講じたひ。近頃同国と帝国との間には緊密なる関係が増進して居るから米英に対する攻撃開始に當っては平和裡にその領土を通過し得る自信がある。

三、内地が空爆を受くるの公算及その場合の措置――之に対し参謀総長から開戦の初期に於ては勿論その後に於ても緒戦の勝敗に関係することが多いが、初期開戦に勝利を得れば日本内地の空爆を受ける恐れは少ないが、時日の経過に依り之をを受くる恐れなしとしとせぬ。場合によっては米国は窃に「ソ」聯に基地を求むる策に出るかも判らぬ。これは警戒を要する。此の場合には内地の方は益々戒心を必要とする。軍としては開戦と共に或る程度の応急手段に依り対空警戒の措置を為す企画をもって居る。然し乍ら作戦軍の方の防空戦力の増強を要するが故に當初は十分なる配置を為すことは出来ぬ。戦争の経過とともに逐次増強せられるであらう。

 

最後に原枢密院議長より総括的に次の如き意見の開陳がありました。

一、米国の態度は帝国として忍ぶべからざるものである。此上、手をつくすも無駄なるべし。従って開戦は致方なかるべし。

二、當初の勝利は疑ひ無と思ふ。唯、長期戦の場合、民心の安定を得ること、又長期化は止むを得ずとするも之を克服して、早期に解決せられたし、之について政府に於て十分なる努力を望む。

三、戦争長期となれば國の内部崩壊の危険なしとせず、政府としては十分注意せられ度し。

 

 之に対し私は次のように答へました。

戦争のため萬段の措置につき御意見の点は十分に注意する。又今後の戦争についても早期に解決する事についても十分努力する。此の決意後と雖も開戦に至る迄の間に米国が日本の要求を容れることに依て問題の打開が出来れば何時に手も作戦行動を中止するとの統帥部との了解の下に進んで来て居る。長期戦の場飯野人心安定秩序維持、国内より来る動揺の阻止、外国よりの謀略の防止に就いては十分に注意する。皇国隆替の関頭に立ち我々の責任これより大なるはない。一度開戦御決意になる以上、今後一層奉公の誠を盡くし政府統帥部一致し、挙国一體の確信を持し、あくまでも全力を傾倒し速やかに戦争目的を完遂し以て聖慮に答へ奉り度き決心であると。

 斯くて此の提案は承認せられたのであります。

此の会議に於て陛下は何も発言あらせられませんでした。

 

一一六

此の会議に先立ち、内閣に於ては午前九時より臨時閣議を開き事前に此の案を審議し政府として本案に大體異存なしとして御前会議に出席したのでありますから、此の会議をもつて閣議決定と観たのであります。統帥部に於ては各々その責任に於て更に必要な手続をとったのであります。

 

一一七

 以上の手続きに由り決定したる国策については、内閣及び統帥部の輔弼及輔翼の責任者に於て其の全責任を負ふべきものでありまして、天皇陛下に御責任はありませぬ。此の点に関しては私は既に一部分供述致しましたが、天皇陛下の御立場に関しては寸毫の誤解を生ずる余地なからむるため、ここに更に詳述致します。これは私に取りて実に重要な事柄であります。

(一)天皇陛下が内閣の組閣を命ぜらるるに當つては必ず往時は元老の推挙により、後年殊に本訴訟に関係ある時期に於ては重臣及常侍輔弼の責任者たる内大臣の進言に由られたのでありまして、天皇陛下が此等の推薦及び進言を却け、他の自己の欲せらるる者に組閣を命ぜられたといふが如きは未だ曾てありませぬ。又統帥部の輔翼者(複数)の任命に於ても、既に長期間の慣例となつた方法に依拠せられたものであります。即ち例へば、陸軍に在りては三長官(即ち陸軍大臣、参謀総長、教育総監)の意見の合致に依り、陸軍大臣の輔弼の責任に於て御裁可を仰ぎ決定を見るのであります。海軍のそれに於ても亦同様であります。此の場合に於ても天皇陛下が右の手続に由る上奏を排して他を任命せられた実例は記憶致しませぬ。以上は明治、大正、昭和を通しての永い間に確立した慣行であります。

(二)國政に関する事項は必ず右手続で成立した内閣及統帥部の輔弼輔翼に因って行われるのであります。此等の助言に由らずして陛下が独自の考へで國政又は統帥に関する行動に遊ばされる事はありませぬ。この点は旧憲法にも明文があります。その上更に慣行として、内閣及統帥部の責任を以て為したる最後的決定に対しては天皇陛下は拒否権を御行使遊ばされぬといふ事になつて来ました。

(三)時に天皇陛下が御希望又は御注意を表明せられる事もありますが、而も此等御注意や御希望は総て常侍輔弼の責任者たる内大臣の進言に由つて行われたことは某被告の當法廷に於ける証言に因り立証された通りであります。而もその御希望や御注意等も、之を拝した政治上の輔弼者(複数)、統帥上の輔翼者(複数)が更に自己の責任に於て之を検討し、その當否を定め、再び進言するものでありまして、此の場合常に前申す通りの慣例に依り御裁可を得て居ります。私は天皇陛下が此の場合、之を拒否せられた事例を御承知致しませぬ。

 

之を要するに天皇は自己の自由の意思を以て内閣及統帥部の組織を命ぜられませぬ。内閣及統帥部の進言は拒否せらるることはありませぬ。天皇陛下の御希望は内大臣の助言に由ります。而も此の御希望が表明せられました時に於ても之を内閣及統帥部に於て審議上奏します。この上奏は拒否せらるることはありませぬ。之が戦争史上空前の重大事に於ける天皇陛下の御立場であっれたのであります。

現実の観光が以上の如くでありますから、政治的、外交的及軍事上の事項決定の責任は全然内閣及統帥部に在るのであります。夫れ故に一九四一年(十六年)十二月一日開戦の決定の責任も亦内閣及統帥部の者の責任でありまして絶対的に陛下の御責任ではありません。

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