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なぜ国家指令型の経済原理の高度化が必要なのか。

2017年06月15日 | Weblog

日本は、第2次世界大戦後、自由主義のもと、国家がリードする指令型経済原理が後退し、企業を主体とする市場経済原理を主体とする国家となった。しかし、もう一つの経済原理である互恵型経済原理は、基層社会における家族や相互扶助の仕組みが崩壊し、健康保険、失業保険制度、国民年金制度など、国家が主導する指令型経済原理の枠組みに互恵型経済原理が取り込まれ、地域の共同社会にあった互恵型の相互支援の占める役割が大きく後退した。日本人は、基本、「お一人様」と「お一人様」とを結ぶ友人の単位であるSNSの形に解体され、地域の共同社会を維持し、活力を与える人材は、犠牲的な精神で臨むことになった。

つまり、互恵型経済原理は、家族や地域社会を媒介しないで。国家と個人との公的制度に置き換えられた。年金制度と健保に仕組みのおかげで、消費人口である高齢者層が増大し、生産人口である18歳から65歳の層が年々減少、さらに将来の生産人口となる未成年の人口が減少してきた。こうなると、日本は国家を唯一の互恵型の経済原理として機能させるために、企業や職能団体の内部の利益を守る互恵型経済原理を相対的に規制する必要が生まれた。そのために、一見、戦前のような国家主導の国家主義が、現実の問題として、必要悪として、客観的に求められるようになった。国家指令型 プラス 互恵型経済原理 > 企業の市場経済原理 という不等式にむけ、日本民族は自然的に生存を守るために自己防衛を始めているのである。その結果、企業は海外の活動拠点を移し、日本国への納税を最小化する方向に傾いた。反中国と、親中国とは、国家の立場と、企業の立場との揺れを意味している。

今後の活力は、出産、育児という大事を担いながら、子供の成長とともに社会的な生産人口として活躍する女性の働き易い環境を企業が準備しない限り、日本市場において企業そのものが陥没する恐れがある。さらに重要なのは、飽和状態にある日本の国内市場ではなく、インドから東、中国、ASEAN諸国の国民生活水準の向上に寄与できる生産労働の国際化である。

憲法改正も、テロ対策法も、戦前の事例や、部分現象から、拒否するのは、皮膚感覚の言論である。すでに、日本人は民族としての生存の戦略を模索する瀬戸際に来ている。好きでもない安倍晋三を支持するのは、民族生存の本能であり、能の理性判断である。

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