富山マネジメント・アカデミー

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台風の豪雨に耐えた富山県の治水

2017年08月09日 | Weblog

TMA講師代表:ようやく鈍足の台風が消滅したようだ。予想よりコースが北よりになり、富山、石川を直撃した。早くから暴風よりも、豪雨が心配された。メディアを調べたが、行政の責任や不備が指摘されるような被害はなかった。災害の報道の場合には、被災地、被害状況だけがメディアで紹介される。

しかし、冷静に考えると、被害がほとんどないことは報道されない。「富山県、豪雨災害ほとんど被害なし」と、新聞に見出しには書けない。被害者を思う心が自制させるからだ。でも、新聞、TVでは語られないが、報道に値する被害がなかったのは、「奇跡」ではない。富山県政は、古典的であるが「治水」を絶対の基本軸においてきた。洪水に対処するのは、消防団である。この「指令型経済原理」と「互恵型経済原理」との結合は、富山湾岸社会主義運動の政治勢力に対し、絶対的に優位の関係が保たれてきた。

富山県を論じるのに、都市と農村とを2分する理論は学術的には不完全であることを説いてきた。高山から海岸部まで、通貫しているのは、水利の施設、水量の調節機能である。富山では、水の道筋が藩政時代から厳格な管理が継承されてきた。この台風の前から、すでに高い雨量があり、山崩れなどの予兆はあった。治水は、防御率で評価される事業である。関係者の昼夜を徹した点検作業により、県民総資産が失われることなく切り抜けた。

いつも厳しい論議にさらされるが、富山県庁の治水対策の歴史遺産が、パーフェクトであったことが証明され慶賀にたえない。こうして、富山には、都会性と農村性とが融合した一体型の都鄙構造があるというTMAの理解と主張も証明された。同じことが、道路において完全性を達成するのは、道路排水のキメ細かさが期待できる。

ひさかた感謝に、気持ちで擱筆できる。県土木の優秀な伝統が絶えないことを祈る。

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