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加越同舟は、富山人の基本

2017年07月16日 | Weblog

加は、加賀である。越は、越中である。これに能登を加え、加越能という。明治維新のにち、廃藩置県により石川県という形で、加越能が行政統合される。しかし、明治維新により江戸が東京となり、東京の大繁盛がおこり、加越能の社会経済の縮小には、歯止めがかからなかった。それで、越中国の独立が叫ばれ、明治16年に富山県がうまれ、越中国は富山県に一元化、加賀能登は石川県となった。

富山人が犯してならないのは、加越同舟の思想である。金沢側が本気をだせば、加越能「道州」を加速させる。富山県は、分県の身分である。この分を忘れると「礼」に反する。富山県の加賀能登に対する優位は、水力発電の優位性・効率性に起因している。電気は送電線が伸びると、コストが上がる。この発電所と、電気の消費地との近接が富山県の優位を導きだした。

しかし、IT革命により、電気から電子の時代へと科学の進化がおこり、この面で、富山県人は、石川県人の大きく遅れることになった。さらに、産学協同の時代になり、富山県人は、県立大学、県内私学、さらに、国立富山大学の「経営」に大失敗した。原因は、富山県の出身者ということにこだわり、学者としても3流の人材が。大学学長の地位を楽しんだ。加賀人は、文部科学省の文教族に政界基盤を構築し、県下の全ての大学の繁栄を導いた。そのため、青年層の人口流出は、富山県ほど激しくない。

実は、越中はIT革命、この40年のなかで、加賀に惨敗を続けている。加賀は、世界最速の電子計算機を製造、関連機器も県内で作れる。超重大のバカの象徴が「不二越」だった。工業高校の卒という水準に止まり、産業人としての基礎知識は、加賀と大きく差がついた。

現在、富山県の官庁、地方自治体では、常態として「多変量解析」による経営指針の論理化に至っていない。小学校6年から中3の統計知識に止まっている。特に激しいのが、富山県庁の統計の没落である。ITのシステム化への対応を誤った。

総じて、北電、北銀のなかでも、富山人は光らない。ごね得の越中強盗といわれる「ばんどり騒動」を是とする負の遺産が克服しきれていない。

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