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富山大学は、新しい成長サイクルに上昇した!

2016年11月02日 | Weblog

TMA講師代表の個人研究:金沢大学は、旧制の第四高等学校にあった古典教養主義の伝統が生きている。したがって、入学時に専攻する細分化された学科別の定員枠の入試をしていない。それと、副専攻を認め、幅広く総合的な教養が身につくように配慮されている。だから、受験生には人気がある。ただし、金沢大学の学生は、努力型というか、勤勉だけが取り柄、それで各高等学校ではAランクの学生から構成され、教授陣もAランクが揃えられている。クズが少ない。けれども、それだけの古典教養主義の大学である。僕の専門のアジア史でいうと、金沢大学の教授陣が世界の学界に衝撃を与えた事例はない。反対に、某教授は、「学庸」を「庸を学ぶ」と誤訳して世界的に有名になった。「大学と中庸」という儒学、とりわけ四書の入門書の最初の2つの文献を略し「学庸」という。佐口透先生も、結果、期待外れ。漢文しか読めないで、ウイグル語、トルコ語、ペルシャ語の混じる東トルキスタンの歴史を一番の粗悪な満州実録で描こうとした。世界的には、残念な方である。まだ、西川正夫さんは研究が辛亥革命期の四川省の地方社会の人脈構造を徹底的に調べ、日本の辛亥革命研究の大きな成果物として、中国人の一部から評価されている。しかし、その後は話題にもならない。僕は大学教師の職を去ってから、金沢大学の教授や職員には、何人もお目にかかり、皆さんが紳士・淑女すぎる「教育者」という枠にはまりすぎだということに驚いた。

富山大学には、大きな負の遺産がある。それは、旧制の富山高校の強みである英語教育が生かせないで、富山県の東部に生まれた社会主義運動の負の遺産を大学内に抱えたことである。富山県の高校教員の中枢である英語教員を彼らのいう「進歩」勢力として育て挙げたことである。そのため、薬学部が分離され、富山医科薬科大学が別に作られた。現代は、「富山大学」として、地域社会には珍しい総合型に大規模な大学となった。規模は金沢大学より大きい。また、国際的な学際連携でも、新たなチャレンジへと踏み出している。教授陣も玉石混交、学生もギリギリ富山大学が6割、基本、受験勉強を手抜きして富山大学入学が4割、この4割のうちに「玉」が隠れている。ノン・フィクション作家、京都大学で活躍している方などが生まれている。

富山大学には、「玉」の学生にしか教育力が稼働しない仕組みがある。金沢大学をBBBランクとすると、富山大学の学生はCCCランクからCランクまで広がっているが、たまに、潜在的にAランクの脳力がある学生がいる。これが、Aランクの教授と出会うと化学反応が起きる。さて、富山大学の新学部は、国家が新学部にメンバーとして発足を認める限り、学部の発足に当たり、厳しい教授の資格審査が行われる。いわゆる〇合の教授陣だけで構成される。最初の10年は大いに期待してもよい。ちなみに、人文では厳しい資格審査の結果、大学院博士後期課程の設置は永久にダメ、この分野では、実は金沢大学でもほぼ同じ。

富山大学の自然科学系は、この新学部を構成するために再編成が全体に波及し、より面白い地域社会へ貢献する大学へと進化すると思われる。地方社会が誘導する国立大学という流れが、医学部、薬学部、工学部、理学部、そして、芸術文化学部、経済学部という地域貢献型の大学へと変貌する過程にある。

 

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