日々呟く。

とうとよ/清貧の独り言。

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来年度の司書講習について。

2006年03月30日 23時27分18秒 | 司書講習後日譚
私はもう受けなくて良いのですが、司書講習について知りたいという方がいらっしゃいましたので、ちょっと案内をしてみます。

別府大学の司書講習、来年度も行われる予定であるようです。

別府大学 司書・司書補講習のサイト

上記サイトに、まだ(予定)とあるものの、来年度の募集要項も掲示されています。

司書講習募集要項(予定)

これによれば、来年度の司書講習期間は今年度より1日多い、8月1日から、9月29日まで。
受講申し込みは、4月10日から、6月12日まで行われるようです。


(予定)と付いているのは、まだ正式に、来年度の司書講習について文部科学省からの発表が行われていないからなのでしょう。

別府大学以外の司書講習についても、まだ文部科学省からの発表がないので、来年度、どこで司書講習が行われるのかはまだわかりません。
今年度は、北九州での司書講習は行われなかったのですが…来年度はどうなのだろう。

九州国際大学のサイトをちょっと探してみました。

以下引用。
KIUブログ:[エクテン]今年の夏は司書講習。

さて、今年の夏は司書講習を実施予定です
(図書館司書の資格を取るための講習)
4月の中旬ぐらいには、”募集要項の取り寄せ方法などのご案内”が
出来ると思いますので、オタノシミニ


ということで、来年度は、九州国際大学でも司書講習が行われるようです。


その他の大学についても、追って発表されるものと思います。

文部科学省:司書について

この文部科学省のページで、今はまだ、今年度の司書講習実施大学一覧が掲載されていますが、4月中旬ごろには、ここに来年度の司書講習実施大学一覧が紹介されると思いますので、チェックしてみてください。


以上、来年度司書講習についてでした。
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学校の図書館の人。

2006年03月28日 22時23分46秒 | 司書講習後日譚
学校司書。
私はこれからそう呼ばれる存在になることは、昨日述べたところです。

この学校司書という存在について、今日は書いて行きたいと思います。

学校司書を語るには、その存在場所である、学校図書館について書かねばならないでしょう。

学校図書館。
学校図書館法により、全国の小・中・高等学校にその設置が義務付けられた図書館です。
この法律では、学校図書館が、学校教育において欠くことのできない基礎的な施設であると述べています。

そして、その欠くことのできない施設には、当然人が必要です。
その点についても、上記法律で規定されています。
学校には、学校図書館の専門的職務を掌らせるため、司書教諭を置かなければならないと。

司書教諭。
普通の司書とは違い、教員免許を持ち、さらに図書館学を学ぶことにより得られる資格です。
図書館のことが分かる先生って所でしょうか。

学校図書館には、この司書教諭を配置することが義務付けられています。
この司書教諭が、学校図書館の運営管理を任されている存在なのです。

ですが、この司書教諭。
普段は先生の仕事をされていることがほとんどなようです。
兼任で図書館の仕事も任されている。

先生の仕事をしながら図書館の仕事もする。
これは結構大変なことだと思われます。

ということで、どうしても図書館の方が疎かになる。
そんな事が多いようです。
もちろん、どちらの仕事も一生懸命なされている上で仕方なく…なのでしょうけど。


しかし、それでは、学校に欠かすことのできないとまで言われている図書館の運営が立ち行かなくなってしまいます。

そこで、司書教諭以外に、誰か他に人を置いておこうと言う話になる。
そうやって置かれているのが学校司書と呼ばれる存在なのです。

司書教諭と協力し、学校図書館を管理運営するお仕事です。
学校司書を置くことで、常に図書館に人がいる状態を作ることができます。


ですが、この学校司書。
先ほどの学校図書館法では、一言も触れられていない存在です。
「学校司書」という呼び名でさえ、特に呼び名が定まっていない、この存在に、便宜上というか、慣例上というか、とりあえずつけた名前でしかありません。

もちろん、その設置は義務付けられていません。
設置している学校では、独自にその人を雇うためのお金をどこからか捻出して雇うことになります。
その為、臨時職員とか、嘱託職員とか、立場も非常に曖昧であることが多いのです。

中には、正規職員として学校司書を設置している自治体もあるようですが。
やはりその数はあまり多くないようです。



で、私はそんな学校司書になるのです。
今回も臨時職員というお話でした。

が、この臨時職員というのが、学校司書の通例となっている、その臨時職員ってことなのか、それとも、別に学校司書はいて、その上での臨時職員ってことなのか、それはまだ良く分かっていません。

…この時期まで来て分かっていないこと多すぎなのですが。


なお、今書いたことは、主に私の知識を元に書いています。
一応確認しながら書いている部分はありますが、全てを資料の裏付けに基づいて書いているわけではありません。

まあ、私の知識の源が何かの資料であることは間違いないのですが、一旦私の頭を経由していますので、いろいろ歪んでいる可能性があります。

不足な点、間違っている点などありましたら、申し訳ありません。


で、今日書いたことじゃ、一体学校司書がどんな仕事をするのか、その内容についてはサッパリわからなかったり…。
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職業、司書。

2006年03月27日 20時57分08秒 | 司書講習後日譚
ただの司書資格持ちから、本当の司書へと変わらなければならない時が来たようです。

しかし、それにしては、私はなんにも分かっていない気がします。

司書資格取得後、関連の本などを読んだりして、自分なりに学んでは参りましたが、満足な量はとても言えません。
それどころか、講習で教わった内容も、もうそろそろ記憶の片隅へと整理されつつあります。

こんな私で、果たしてしっかり役目を果たすことができるのか。


とにかく、私は4月から学校司書と呼ばれる存在の仲間入りをします。
今は、それしか分かっていません。

そんな人間が、しっかり役目を果たせるとはとても思えませんが、私にできることは、ただ精一杯やることだけです。

あと数日。
できる限りの準備を…と言っても、何をして良いやらわからない。
関連書を読むぐらいしかできることは思いつきません。

それでもでき得る限りの準備と、そして何より心構えを。
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捨てられる本。

2006年03月19日 15時21分12秒 | 司書講習後日譚
yyzzさんのblogで高校の学校図書館の本の廃棄の様子が記事にされていた。

高校潜入.本ゲット.

いいなー…。

じゃない。
学校図書館の問題は、私にとってもものすごく身近な問題となったようなので、少し考えてみたいと思います。

「文化的な損失だなあ.」
「廃棄を決めた担当者もたいした度胸である.」
「一種の愚民政策だな,これは.」

yyzzさんのこのような意見。
私も理解できる意見であります。

ですが…。
一応図書館側の人間に近い立場として、図書館側の考えも、同じくなんとなく理解することができるのです。

今回、yyzzさんが挙げられた4つの本。
これらの本が何故廃棄されたのかを、図書館側の見方で考えてみたいと思います。
…まあ、私はまだ「図書館側の人間」と言うには不足のある人間ですから、それが的を射ているかは分からないのですけれど。

図書館、特に学校図書館の考えとして、「資料は常に新鮮でなければならない」というものがあります。

これは、特に事典や年鑑などに主に当てはまる事項ですね。
どんどん進んでいく世の中に合わせ、資料も常に刷新していかないと、資料はあるが、古くてとても使い物にならないという事態を引き起こしてしまいます。

今回、yyzzさんが挙げられた本は、全て80年代以前の本です。

動物は何を考えているか 1989年発行。
哲学散歩 1 懐疑 1892年発行。
日本残酷物語 第1部 貧しき人々のむれ 1979年発行。
演劇入門 1981年発行。

やはり、これらの本も資料とするには少々古いということになるのではないかと思います。
私は内容を知らない…少なくとも読んだことはないので、題名から想像するしかないのですが…。

「動物は何を考えているか」「演劇入門」の2冊は、読み物よりも、資料としての意味合いが強い本ではないかと想像します。
20年近くの時が過ぎた今では、内容と現実が離れてしまった部分もあるのではないでしょうか。
「哲学散歩」に関しては、哲学に新しいや古いがあるのかどうか良く分からないのですが…。
「日本残酷物語」は、日本の民族資料として価値が高い本だと聞いたような覚えがあるのですが、やはりこれも古いとみなされたのでしょうか。


資料廃棄の主な理由は、この「古い」という理由だと思われます。
古く、当代の事情と合わなくなった本は廃棄し、同じ分野の新しい本と入れ替えるのです。
「学校図書館」という、最前線の教育の現場なので、常に最新の情報を仕入れなければならないというのですね。

もちろん、古い資料に価値がないと言っているのではありません。
ただ、それを保管するのは「学校図書館」の役割ではないということなのです。
それらの役割は、公立の公共図書館…中でも特に「県立図書館」、それから国立の「国立国会図書館」に任されることになるはずです。

ただ、この廃棄する資料の選定を行うには、資料についての深い知識が必要です。
古くても、いつまでもスタンダードを保っている資料もあるでしょうし、新しければ何でも良いというものでもない。
特に、「読み物」の分野では、むしろ古い物の方が重要であることも多いでしょう。

資料の新しさ、資料の状態、利用率なんかの情報とあわせ、この内容の重要度も資料選定の重要な要素となるはずです。

yyzzさんが仰るように、「高校生は読んだ方がいいよ」という本ならば、古くても大事に取っておいたり、廃棄するにしても、同じ本を買い直すなどの手段が取られなければなりません。


しかし、この作業を行うには、人員と手間がかかる。
なかなかそこまで及ばない現状もあるようです。
そうなると、基準は、新しさ、状態、利用率だけになってしまう。
どんなに良い本だと思う人が多い本でも、古ければ捨てられ、読まれなければ捨てられてしまうことになるのです。


yyzzさんが仰るように、学校図書館は、『1人2人のために種を撒く作業』をしたり、『高校生が固い本と出会ったり「背伸び」をする機会を与える場』の役割も持っているはずなのですけど…。

yyzzさんや、多くの方が「良い」、「面白い」という本なのだとしたら、高校生が読んでも、それは「良い」し、「面白い」本なのだと思います。
しかし、そんな本でも、出会う機会がなければ、ただの紙の束にしか過ぎないのです。

その出会いの場を作るのも、司書教諭や学校司書の仕事。
今回の廃棄も、その一環であるとも考えられます。
沢山の本が廃棄されましたが、代わりに新しい本が入ることによって、出会いの場が広がるとするなら、それは歓迎すべきことなのでしょう。


だた…。
一人の本好きの立場からみると、やはり本の廃棄は寂しいですね。

私個人としては、この廃棄、そして新しい本の購入で、その図書館がより活性化することを祈るばかりです。
そうでないと、捨てられた本も浮かばれないですからね。


本と人を繋げる仕事、それが司書の仕事です。
ロクに読まれもしないまま廃棄されるなんて、悲しい本が存在しなくてすむように、しっかり本と人とを繋いで欲しいものです。

…こんな風に、人事のように書いていられるのは、今のうちなのかな。


うーん。
なんか不足な点や、間違っている点などあるかもしれません。
堂々と、「司書としての見解」として、このような類の話をするには、私の力はまだまだ全然足りません。
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一歩前進。

2006年03月14日 19時54分03秒 | 司書講習後日譚
内定は内定であって、決定ではない。
しかし、内定は内定であって、未定でもない。

とりあえずまた一歩前進か。

その時がいつ来ても大丈夫なように、しっかり準備を整えておかないとな。
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突然の。

2006年02月23日 20時55分30秒 | 司書講習後日譚
本日は、突然降って湧いたお話の準備におおわらわ。
以前の活動が役に立ったともいえるのだけど、しかし突然だった。

とりあえずは明日。
行ってみないことには始まらない。


うーん。
しかし。
私はいつもこんなのばっかりだなぁ。
自分で動いていると言うよりは、なにかに動かされているような…。

最終的に動くのは自分なんですが。


さて、どうなるかな。
初めての経験だから、何をどうしたら良いのかまったく分からないや。
とりあえず、私は私でいれば良いのかな。


という訳で。
明日は金曜日なのですが、金曜会の準備なんて吹っ飛んでしまいました。
金曜会に参加できるかどうかすらわかりません。

もしかしたら、昼間っから天神で時間つぶしてるかもしれませんが…。
とりあえず家に帰っちゃって、そのまま出てこない可能性も大。

ともかく、金曜会の頭数には、私を数えないでおいて下さいませ。
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あの本はどこに。

2006年02月21日 21時12分44秒 | 司書講習後日譚
先日、図書館に行って宮部みゆきさんの本を集中的に借りて参りました。
借りてきたのは次の9冊。

東京(ウォーター・フロント)殺人暮色 光文社 カッパ・ノベルス
かまいたち 新潮社 新潮文庫
堪忍箱 新人物往来社
クロスファイア 上 光文社 カッパ・ノベルス
クロスファイア 下 光文社 カッパ・ノベルス
本所深川ふしぎ草紙 新人物往来社
魔術はささやく 新潮社
龍は眠る 出版芸術社
レベル7 新潮社

「龍は眠る」は以前購入して読んでいたことをすっかり忘れて借りてきてしまいました。


さて、という訳で、図書館で宮部みゆきの本を探したのです。

今回は、事前に図書館のホームページである程度蔵書検索をして、図書館に向かいました。

最初から目的とする資料が決まっている場合、これで事前に、どの資料をその図書館が蔵書しているのかぐらい知っておくと、図書館で実際に資料を探すときの労力が少しは減るでしょう。

ただ、この蔵書検索で貸し出し中とされていても、実際に図書館に行くと、返却されていることもあります。
ですので、やはり、もともと目的の資料が図書館にあるのかないのか、蔵書の有無を中心に確認しておくのが良いのではないかと思います。

そして、図書館に着いて、まずやることも、やはり蔵書検索。
今度は、最新のデータのはずですので、貸し出しの状況をしっかり確認することができます。

そして、資料の場所を把握します。

図書館の資料は、開架と閉架の2つの書架に分かれて排架されています。
普段目にする書架が、開架書架ですね。

ですので、開架、表の書架の…例えば「宮部みゆき」の棚に、目的とする本がなくても、閉架、裏にある書架にはその本がある場合があるのです。

これも、蔵書検索をすれば、どの場所にあるのかしっかりと分かりますので、目的の資料がはっきりしている場合は、まず蔵書検索を行うのが効率がよいのです。


目的の資料の位置を確認したら、あとは実際にその資料を集めます。
開架にある資料は、その場所に行って持ってくるだけですが、閉架にある資料の場合、利用者自身でその場所へ行くことはできないことが多いです。
この場合は、図書館員にその資料を持ってきてもらうことになります。

図書館によってやり方は違うと思いますが、多くの場合は、資料請求番号を、なんらかの用紙に書き取って、それを元に図書館員にその資料を持ってきてもらうことになるはずです。

まあ、きっと、「宮部みゆきのレベル7ありますか?」と、直接図書館員に具体的な資料名で尋ねることでも、開架閉架に関わらず、目的の資料を持ってきてもらえるとは思いますが。


これで、普通は、図書館にある目的の資料を手に入れることができるはずなのですが…。
時折、不可解な出来事にぶつかる場合があります。

それは、蔵書検索では、確かに「ある」となっているのに、図書館の所定の場所にその資料がない場合。

これにはいろいろ原因が考えられます。

一番単純なのは、今誰かが読んでいるからということ。
他には、今返却されたばかりで、棚まで帰ってきていなかったり、ほかの資料にまぎれて、他の棚に収まってしまっていて、迷子になっているということなんかが考えられます。

こんな時は、とりあえず図書館員に尋ねてみるのが一番です。
返却されたばかりで見つからなかった場合は、大体これで手に入ります。

他の場合は、多分とりあえず予約しておくってことになるはずです。


さて、しかし、実はもう一つ、資料が見つからない理由があるのです。
それが紛失。
図書館の把握しないうちに、その資料が図書館から消えてしまっている場合です。

迷子の資料も、迷子であるうちは紛失と変わりませんね。

ここで問題となるのが、資料の無断持ち出し。
貸し出し手続きをせずに、資料が図書館外に持ち出された場合です。
これがとても多いらしい。
近頃の多くの図書館には、これを防ぐために、書店やレコード店なんかで見られるアラーム装置が導入されています。

ですが、それでも減らない資料の紛失。

この場合、図書館は、新たにその資料を用意するしかありません。


なんにせよ、利用者は、リクエストや予約をすれば、ほとんどの場合、その資料を用意してもらうことが可能です。



さて。
今まで述べてきたのは、目的の資料が予め決まっている場合。

しかし、図書館に行く際に、いつも目的の資料がなにかはっきり分かっているわけではありません。
その時は、また少し違った方法で図書館を利用することになります。

その時にも、それぞれ効率の良い方法が準備されているのですが…。
そんな話はまたいつか。


でも、そんなに利用法を気にしなくても、とりあえず書架の間をぶらぶら歩き回ってみるだけでも、それなりに図書館を楽しむことはできるはずです。
あとは、図書館員を十分に活用していただければ、きっと図書館の持つ全ての機能を利用することができるでしょう。



ん?
一体何の話をしていたんだっけ…。

そう、宮部みゆき。

今回借りた本、閉架書庫に置いてあった本が多いのですが…。
どれもこれもかなり痛んでいます。
だからこそ閉架書庫に置いてあったのでしょうけど…。

宮部みゆきという人気作家の本ですから、きっといろいろな方に利用された末に、こんな姿になってしまったのでしょう。

ページが外れかけていたり、それを修繕してあるのだけど、またバラバラになりそうになっていたり、本全体に濡れたようなしみがついていたり…。


どうか、図書館の資料は大切に。
公共図書館の資料は「みんな」の資料。

「みんな」には、もちろん自分自身も入るのですから…。
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絵本ワールド。

2006年01月22日 20時45分31秒 | 司書講習後日譚
本日は、「絵本ワールドin福岡」というイベントに行ってまいりました。

この絵本ワールドというイベントは、日本全国を回っているらしく、今日も、福岡の他に、沖縄でも同じイベントが行われていたようです。

「子供の本のお祭り」との説明通り、絵本の展示即売のほかに、読み聞かせや、体験コーナーなどが設置されており、沢山の小さなお子さんで賑わっていました。


私は、とりあえず展示即売場メインで見てきました。

本当に沢山の絵本が展示してありました。
図書館でもない限り、こんなに沢山の絵本が一堂に会することはあまりないのではないかと思います。

通常の書店での絵本コーナーなんて、ほんのちょっとのスペースしかないことが多いように思いますし。

いわゆる「絵本」のほか、紙芝居、それから小学生ぐらいの子供の読む、絵本じゃない読み物等、赤ちゃんから小学生ぐらいまでの子供を対象とした本が展示されていました。

やはり人気だったのは、「飛び出す絵本」等、仕掛けの付いた絵本のコーナー。
自由に本を手に取って良い形式の展示即売会でしたので、あちらこちらで、お子さんが本を手に一生懸命遊んでいました。

なんだか、すぐに本が壊れてしまいそうでとても怖かったのですが…。
実際に、他の本には、カバーが曲がっていたり、破れていたりする本もありましたし。

しかし、そんな状況でも、厳しく注意する係りの方なんかはいらっしゃらず。
自由に本を手に取って見てもらうことが目的なので、あまり厳しいことは言わない方針なのかもしれませんね。

子供の本が傷んでしまうのは、それだけ愛されている本ってことなので、仕方ないのかもしれませんけど…。
でも、やっぱり本は大切に。
今回の本は、まだ「売り物」の状態の本ですしね。


一通り会場を回り、実際にいろいろ本を手に取って、何冊かはぱらっと読んでみたり。
おなじみの絵本から、見たことのない、新しい絵本まで、様々な本を見ることができました。


しかし、いつ読んでも「かちかちやま」とか「さるかにかっせん」の終わり方は凄いな…。

絵本の中には、この2つの本のように、思わず「ひどっ!!」って言ってしまいそうな終わり方をする本が結構あります。


今日見た本の中のひとつ、「しょうがパンぼうや」もそんな本でした。
思わず「あーあ」と言っちゃうような終わり方。

でも、この本、どこかで読んだ記憶が…。

そう。
司書講習の児童サービス論で読んで頂いた、「おだんごぱん」にソックリなのです。

ちょっと調べてみたところ、どうやらこのお話は、他にも2つぐらい似たお話があるらしい。
パンはころころ」というお話と、「ころころパンケーキ」というお話。

この4つのお話、すべて大まかなお話は同じらしい。
そして結末も…。


どんなお話かは、実際に読んでみて下さいませ。
最後に思わず「あーあ」と思っちゃうかどうかは、人それぞれかもしれませんけれど。


最後に、会場の外に山ほど置いてあった、各社の絵本目録やパンフレットを、すべて1部づつ頂いて参りました。

私はこれをもらって帰って来れただけでも大収穫です。



絵本。
子供だけの物としてしまうには、あまりに惜しい存在です。

文字は少なく、ビジュアルに訴えかけるので分かりやすい。
それでいて深い。

実は、暇つぶしや、なんとくなく読む本には、漫画なんかよりも最適なのかもしれませんよ。

もちろん、じっくり、真剣に読み解いても良いはずですし。


どうですか、絵本。
1冊1冊のお値段が、少々張るのが難点ですけどね…。

大人が読むには図書館で借りてくるのが一番なのかな。

子供が読むにも、図書館で借りてくるのが一番なのかもしれないけど…。
くれぐれも本は大切にね。
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城南市民図書館見学記。

2005年12月19日 23時27分41秒 | 司書講習後日譚
土曜日のモンコレ忘年会。
その会場となったのは城南市民センター。
そこには、城南市民図書館があります。

大会の結果はともかくとして、図書館見学はしっかりやって来ました。


粕屋町立図書館の見学レポートもまだなのですが、こちらを先に書いてしまおうと思います。

もともとR.O.Dさんのコメントに返信するために書いていたのですが、長くなったので、記事にしてしまいました。


さてその城南市民図書館。
今まで見てきた図書館よりは規模は小さいですが、しっかりしたコレクションをもつ図書館だと感じました。

特に郷土資料。
遺跡の資料が非常に多かったのが印象的でした。

那珂川町図書館にも、そのような資料はあるのですが、あそこまでの量はありませんでした。

それは、図書館の歴史の長さとも関係あるのかもしれません。

また、なんだか俳句や和歌に関するレファレンス資料が目に付きました。
利用者にそのような資料を希望する方が多いのかもしれません。
まあ、私がたまたまそればかり目に付いて、他が見えてなかったのかもしれませんけれど。

非常に地域に密着したコレクションを持つ図書館だといえるのではないでしょうか。


気になったところは、BDS、ブックディテクションシステムがなさそうだったところ。

BDSってのは、貸し出し手続きをしないで図書館を出ようとすると、音を出したりして知らせてくれる、あれのことです。

本屋やCDショップでも見かけますね。

あれがないってことは…。
本の盗難が少ないってことなんでしょうか。
それとも資金面なんかの問題で、配置が追いついていないのか…。

まあ、これも、私が見つけられなかっただけかもしれないのですが。

あとは、レファレンスカウンターが見当たらなかったところ。

貸し出し、返却、登録カウンターはありましたが、相談ってカウンターはなかったように思います。
大体、カウンター自体、急ごしらえ風のものでしたし。

他のカウンターでレファレンス業務も兼務しているのでしょうか。


あとはリクエストシステム。
なんだか、各本につけられている、ブックコードというものが必要なようで。

これは図書館で所蔵している本の全てにつけられている、管理コードのようなもののようです。

で、それがリクエストするときには必要…。
ということは、リクエストできるのは図書館に所蔵されている本だけなのか?

図書館に所蔵されていない本を希望するときは、このリクエストシステムでは対応できないのか?

まあ、それこそレファレンスで対応するかもしれないのですが…。


そこを図書館員の方に尋ねてはっきりさせてくればよかったのかもしれませんが、そこを毎度のように聞いていない私。

どうしても中途半端…。


そう、小説は著者記号表で分類されているのも印象的でした。
あれが使われているところを初めて実際に見ることができました。


そんな城南市民図書館見学記でした。
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始めの一歩。

2005年12月03日 21時07分15秒 | 司書講習後日譚
本日は、以前ここで話題にした事のある、粕屋町立図書館に行って参りました。

粕屋町立図書館のホームページでも紹介されている、臨時職員募集に応募したからです。

しかし、そんなに簡単に職員になれる訳がありません。
既に臨時職員は一杯だそうで。

今回は、その臨時職員に空きができた時の補充要員候補の一人としての登録をするために、粕屋町立図書館まで行ってきたのです。


つまりは臨時の臨時。
補欠の補欠みたいなものでしょうか。

登録は済ませましたが、実際に臨時職員として働く機会があるかどうかはまったく分かりません。
補欠の補欠自体、何人登録されているのか分かりませんし。


まあ、しかし、まずは一歩目です。



ああ。疲れた。

…なんだかんだで那珂川町から粕屋町まで2往復もしてしまいました。
私が登録に必要だった印鑑を忘れてしまったからなのですが。

あんなに慎重に慎重にと念を入れていたはずなのに、しっかり印鑑を忘れる辺り、やはり私は抜けています。

こんなんで大丈夫なのか。



登録のついでに、しっかり図書館見学もしてまいりました。
やっぱり、那珂川町と同じ、「町」の図書館とは思えないよな…。
なんで、こうも違うのか。

その粕屋町立図書館見学記は、また後から書くことに致します。


今日はとりあえず疲れました…。
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