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ミスターけしごむの仕事

「おはようございます」
「あ、杉谷さん、おはようございます。もう、いいんですか」
「勝手しましてすみませんでした。熱も下がりましたし、もうだいじょうぶです」
 杉谷は自分のデスクに座った。一週間ぶりである。インフルエンザで寝こんでいたとのこと。
 課長の大北は、この年上の部下に妙に気を使う。他の課員にはあれこれ指示を出すが、杉谷には指示は出さない。杉谷以外にも年上の部下はいるが、杉谷だけは特別扱いだ。かといって課長は杉谷をえこひいきしているのではなさそう。シカトしているのでもない。昼食や飲み会にも課長は杉谷も忘れず声をかける。
「金目電機です。けしごむ三ダースお願いします」
 出入りの文房具屋にけしごむを発注した。社内で使うけしごむの在庫管理と仕入れ。これが杉谷の仕事だ。肩書きは金目電機総務部総務課用度係係長。係長ではあるが部下はいない。
 日がな一日、社内の各所を回って、けしごむの在庫をチェック。といっても、けしごむなんてものはそんなに多量に消費するモノではない。月に一度発注するだけで充分間に合う。
 杉谷の担当はけしごむだけ。ボールペンや鉛筆などの文房具、プリンター用紙、カセットインクなどのパソコンのサプライ用品はあつかわない。ほんとうにけしごむだけである。こんな杉谷に「ミスターけしごむ」のニックネームがついたのは自然なことだ。
 関岡は営業部員。営業部と総務部は隣どおし。大北と関岡の席は背中合わせだ。二人は課長とヒラだが同い年同期入社だ。
「お疲れ」関岡と大北はグラスをあわせた。 会社から地下鉄でひと駅向こう。駅裏の狭い路地のつきあたりに、その居酒屋がある。会社の近くにも適当な居酒屋はあるが、そこは金目電機の社員が多く来ている。他の社員を交えた酒席ならば二人はその居酒屋を使う。二人だけであう時は、ひと駅先のこの居酒屋で飲む。
「今度はなんだ」大北が聞いた。
「きのう、四葉に納めたホーム監視用テレビなんやけどな。えらい欠陥があることが納品後にわかった」
「どんな欠陥だ」
「撮影範囲が狭い」
「どういうことだ」
「カメラの首が三〇度しか回らない。ほんとは一二〇度回るはずだ」
「それでは三分の一しか映せないじゃないか」「で、四葉にはばれたか」
「ばれてない。明日四葉の映像監視システム課の検収を受ける」
 四葉電機は製品を納品しただけでは、納品書に受領印を押してくれない。四葉が預かっているというかたちだ。受領書がないと請求書を受け付けてくれない。支払いも先延ばしになる。しかも製品は四葉の敷地内にあるから保管料を請求してくる。一刻も早く受領印をもらう必要がある。そのためには四葉電機の検収を受けなくてはならない。
「何が悪いんだ」
「カメラ取付台の首のベアリングの受け金具が仕様とは違うものが取り付けられている」
「受け金具の納品先は」
「作本金属」
「作本のミスか」
「発注ミスだ」
「発注者は」
「資材購買課の高来」
「明日までに処置は可能か」
「可能だ。受け金具を交換するだけだ。十五分もあればできる」
「で、どうする」
「会社としてはこのミスを無かったことにしたい。発注ミスの購買、それをそのまま取り付けた工作課、それを見逃した品管。購買課長、工作課長、品質管理課長、三人ガン首そろえて俺に頼みに来た。社長の耳に入れたくないそうだ」
「わかった。ミスすりゃけしごむで消せばいいんだ」

「課長、勝手しました」
「もういいんですか。杉谷さん」
「はい。腰痛もだいぶんマシになりました。私、阪鉄電車の呉影から通勤してるのですが、あの駅のホームの監視用カメラ、わが社製ですね」
「ミスターけしごむ」五年後には自分の会社を消してしまった。
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