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深海の怪物

「それ」が「そいつ」に当たった。このことは「そいつ」にとって、幸か不幸か判らない。しかし、「そいつ」の通り道にいた連中にとっては大いなる不幸であった。なぜなら「そいつ」はまだだれも見たことがない凶悪な怪物に変身したからだ。
「そいつ」は深い海の底にいた。マリンスノーが積もる海溝の底。目の前を横切る小生物を食指を伸ばして食べる。手近にいる異性と交接する。卵を産む。「そいつ」の行うことはそれだけ。そうなのだ、「そいつ」は卵を産むレベルの生命。こんな深海にいる生き物としては高等な方だろう。
「それ」が当たったことは「そいつ」自身は気がつかなかった。ただ、自分の身体がずいぶん大きくなったことは判った。それよりも、動ける。これにはびっくりした。今まで海底の岩盤に着床して、食指と生殖指だけをゆらゆら動かすだけであった。身体が岩盤から離れた。海中にゆらりと泳ぎだした。それにともなって、身体がさらに大きく、食指は長く太く強力になった。
 甲殻類がいる。ヤツは「そいつ」が主食。いつもヤツに食べられている。今は立場が逆転した。今は「そいつ」の方が大きい。
 食指がヤツに届いた。1本の食指はヤツの身体に巻きつく。締めつける。ギチギチギチ。キチン質でできた硬い甲羅が少しづつ変形していく。ヤツは動けない。もう1本の食指がヤツのハサミをつかんだ。ハサミで挟まれた。いままでは、そのハサミで挟まれて、岩盤から引きはがされて、むしゃむしゃと食べられていた。ハサミをつかんだ食指でぐんとひっぱる。ベキ。ハサミが取れた。もう1本のハサミも取れる。これでヤツは丸ごしだ。
 甲羅にひびがいった。パリン。甲羅が割れた。白い柔らかい肉があらわれた。食指で肉をほじくりだして食べる。むしゃむしゃむしゃ。中身を全部食べて、空っぽになった甲羅を投げ捨てる。「そいつ」はまた大きくなった。

 昨夜、午後7時26分ごろ、静岡県の広い範囲、駿河湾を中心に、静岡市、清水市、富士市、沼津市で異常に高い放射線量が検出された。この地域では78ミリシーベルを記録した。浜岡原発からの放射線もれは観測されず、この地域だけに限定した宇宙線の異常と考えられる。なお上空のバン・アレン帯に大きな空洞が見られるため、宇宙線の異常は間違いない。
 この地域の住民は将来、癌を発症する確立が高いため、今後は定期的に癌検診を行う必要がある。静岡県はそのための特別予算を県議会に計った。
 一番放射線量が高かったのは駿河湾の海上であって、サクラエビ漁漁船第2早山丸が当該海域で操業中であった。乗組員全員相当量の放射線を被爆しているおそれがあり、帰港後ただちに検査入院した。第2の第五福竜丸といわれている。

「そいつ」は喜びにうちふるえていた。今まで自分を締め付けていた「力」がぐんぐん弱くなっていく。進む先には「光」が見えてきた。
「光」それは「そいつ」が知らない概念である。今まで「そいつ」の世界ではなかった。あ、いや。あった。一部の生物に発光器官を備えているモノがいた。真っ暗な中にポツポツと「点」が見えることがあった。あれが「光」か。しかし、いま、「そいつ」の眼前にあるのは、全世界が輝いている。
「そいつ」の脳は食指の間にある。全身は大きくなったが、「そいつ」の身体で最も大きく変化したのは、その脳である。
「意識」がめばえた。「あれ」からずっと動いていた動作が止まった。上へ動く。上昇が止まった。「そいつ」は海面に出た。新世界がそこにあった。「空」がある。そして、向こうには「陸」がある。「そいつ」は本能に導かれるまま。陸を目指す。空腹だ。小さな生き物をいくら食べても満腹しない。「陸」には食べ物がいっぱいあるに違いない。
 と、その時、「そいつ」は自分の身体が宙に浮くのを感じた。なんだ。これは?

「しゅんちゃん。海に入ってはいけませんよ。放射能がいっぱいあるんですからね。それにもう帰りましょう。病院に行かなくては」
「おかあちゃん。見て、カモメがかわいいタコを食べてるよ」

「そいつ」は意識が遠のくのを感じた。これが「死」か。  
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コメント
 
 
 
怪獣パニックSF (海野久実)
2017-02-18 19:47:25
このまま行くと長編SF小説にしかならないんじゃないかと心配し始めていました。
そう来ましたか。
いやいや、よく出来たショートショートです。
 
 
 
海野久実さん (雫石鉄也)
2017-02-18 19:59:01
ありがとうございます。
怪獣モノと思ってもらおうと思って
ベタなタイトルをつけました。
 
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