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とつぜんSFノート 第54回

 関西のSFファンダムで、そんなモノがあったことを憶えている人は、たぶんいないだろう。なにせ40年近く前だ。それに関係者3人のうち2人が鬼籍に入られた。
 この3人がどういうきっかけで知り合い、仲良くなったのか、もう忘れたが、ある休日、この3人が喫茶店に集まってSF談義に花を咲かせていた。
 俵谷滋人。谷甲州、柊たんぽぽ氏らと同じ大阪工業大学SF研究会出身。探偵小説愛好家のサークル畸人郷初代代表。なお現代表の野村恒彦さんは「探偵小説の街・神戸」の著者で、このたび古書店「うみねこ堂書林」を神戸は南京街の近くに開店された。
 清水宏祐。神戸のSFサークルサイコハウス代表。第14回日本SF大会実行委員長
 雫石鉄也。元チャチャヤングショートショートコーナー常連。創作研究会北西航路同人。星群の会会員。
 で、この3人が集まってうだうだしゃべっていた喫茶店というのが「れい」という喫茶店だった。大阪は梅田。当時の阪急ファイブのあったところ。
この「れい」は当時、関西海外SF研究会が例会をやっていた。この連中の例会というのが、ものすごく熱心というか好きというか、毎週日曜日に例会をやっていた。この関西海外SF研究会(KSFA)なる連中は関西の名うてのSF者の集団だった。大野万紀、岡本俊弥、水鏡子、米村秀雄氏といった神大SF研四天王。桐山芳男氏ら同志社大SF研、京大SF研の大森望氏といった恐ろしげな面々が毎週日曜日に顔をそろえていた。特に熱心なのは水鏡子。彼はほぼ皆勤で、なんでも阪神大震災の時も、なんとかぐるっと遠回りしながらも電車を乗り継いで、加古川から梅田まで来たとか。
星群の例会は月に1回。だいたいが、サークルの例会なんてものは月に1回が普通だろう。東京のSFファンダムには1の日会といって、1のつく日に例会をやっていたグループもあるが。だから、関西でSFファンの顔を見たければ、日曜日の午後に、大阪は梅田の「れい」に行けば必ず同好の士とあえるというすんぽうだ。
で、この「れい」で、KSFAの雑談を聞きながら、俵谷、清水、雫石の3人がコーヒーなどをすすりながら、だれがいうともなしにいった。「この3人が集まったら関西のSF界の情報はだいたいカバーできるで」「そやな」「どや、情報誌だそか」「おもろいな。やろやろ」
SFファンダムに棲息するSFファンが大好きなものが二つある。雑誌を出すこととウワサ話。「だれそれとだれそれがどうした」「あの人が会社辞めたらしい」「あいつ結婚するねんて」「ふ~ん。相手は素人さんか」「いや。凸凹女子大SF研のコやて」といったゴシップから、「こんど徳間がSF雑誌出すねんて」「東映がSF映画作るらしいでノダさんがかんでんねんて」といった業界スジのウワサまで、SFファンが集まるとうわさ話に花を咲かす。
だから情報誌を出そうとなったのは極めて自然な成り行きだった。上記3人はその場で、安田均さんをはじめ、KSFAの主たるメンバーに声をかけ、賛同者になってもらった。
と、いうわけで関西SFファンダム初の情報誌(というより情報紙だ)「関西SF情報」はそれから1ヶ月ぐらい後に創刊号を出した。A4二つ折りの4ページだった。3号出した。ま、SFファンが出すファンジンなんてものは3号ぐらいは出せるものだ。
俵谷滋人、清水宏祐の二人は亡くなった。雫石鉄也ひとり馬齢を重ねている。いずれ雫石もあっちへ行くだろう。そこで二人と再会したら、4号目を出したいな。あのころは楽しかったからな。
  

コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
Unknown (ゲコゲコ)
2014-04-26 00:09:39
チャチャヤングショートショートコーナー、って眉村卓さんの放送のやつですか?
そこの常連だったのですか?
毎週聞いていましたが、お名前は申し訳ございませんです、覚えておりませんです。
懐かしいです。あの頃に帰りたいです。
 
 
 
ゲコゲコさん (雫石鉄也)
2014-04-26 08:42:26
そうです。眉村さんがやっていた深夜ラジオチャチャヤングです。私も常連でした。
http://blog.goo.ne.jp/totuzen703/e/0590f0575707629e82e3fcb13ed89625
眉村さんには今も親しくさせて頂いてます。また、和田宜久、SA,小川圭太、宇井亜綺夫、小野霧宥、柊たんぽぽ、寺方民倶、妹尾俊之、といった常連の方々とはいまもご厚誼をいただいてまして、年に何度か酒席をともにしています。
 
 
 
あっ、その情報紙よみたいです (アブダビ)
2015-11-04 03:06:06
当時のSF好きが読んだら愉しかったろうなぁ…
「凡々ブログ」というラグクラフト&クトゥルー神話専門ブログがあり、
未訳作品の紹介や、ラグクラフトを中心にした、当時のホラー作家の文通・交流などを紹介しているブログです。

ラグクラフトが文通を主な手段で多数のパルプ・ライターと交流していたのは有名でさが、そのラグクラフト・スクールに似た愉しさがあるんですね。管理人さんの想い出話は。
わたしももう少し早く産まれたかったなぁ。
 
 
 
アブダビさん (雫石鉄也)
2015-11-04 10:12:19
あのころは楽しかったですよ。
「関西SF情報」少し残っていたのですが、阪神大震災でぐちゃぐちゃになって、行方不明になりました。
 
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