goo

101個目の首

 坂を一気に下り降りる。気付かれた。特急電車が逃げる。何かに蹴飛ばされたような加速だ。線路に降りた。電車は十メートルは先を走っている。
 ペダルを蹴飛ばす。電車との距離が縮む。よし、もらった。タカはさらに力を込めてペダルを踏む。電車の後部が、手が届きそうな距離になった。目だけ動かして左右を見た。仲間の自転車が併走して走っている。左右で三台ずつ。
 電車はなんとかスピードを上げようとしている。しかし、これが限界のようだ。ごくわずかずつ距離が縮む。
 突然、タカはブレーキを踏んだ。同時に左右の六台に合図を送った。七台の自転車は左右に分かれた。次の瞬間、電車は急停止した。 基本的なワザだ。賊が真後ろから追尾している時に使う。タイミングよく決まると、電車の最後尾に、賊を激突させることできる。失敗すれば追いつかれる。その電車は失敗したようだ。
 バカめ。このワザは線路の両側に余地がない時に使うワザだ。電車が急停止しても、逃げ場があるこんな所で使うワザではない。 機関長はなにも知らない新人か、狼狽して我を忘れたかどっちかだ。後者だろう。
 電車からの攻撃は軽微であった。散発的に放たれる矢をかいくぐって、七人の賊が車内に乱入した。二人が前部の運転席のある先頭車と、二両目の機関車に向かい、二人が最後尾の車掌室を占拠する。あとの三人が乗客の監視をする。
 タカが機関車に入る。先頭車を背中に、男が両手に木槌を持って座っている。その男だけが、こちら向き、つまり電車の後ろを向いて座っている。あと、筋骨たくましい男たちが前を向いて、二十人二列に並んで座っていて、男たちはペダルに足をのせている。
 この二十人の男たちが機関車の動力だ。こちらを向いている男が、この機関車を制御する機関長だ。電車といっても、電力で動いているわけではない。人力で動く電車だ。大昔の慣わしに従って電車といっている。
 タカが機関長に近づく。機関長はおびえている。数秒後の自分の運命が判っているから。車賊に襲われ、制圧された電車の機関長がどういう目にあうか。
 機関長が刀を抜いた。サシの対決に持ち込むつもりか。こやつ乗客の安全を考えないのか。
 機関長が打ち込んだ。タカの右手が閃いた。瞬間、機関長の首が胴から離れて落ちた。胴の首が付いていた跡から血液が噴出した。首を拾ってタカが後ろの男に渡す。
「今年になって初めての獲物だ。お前の自転車にくくりつけておいてくれ」
「俺の自転車、いっぱいなんだが」
「そうか。アジトへ戻ったらいくつか外して、埋葬しよう。それまで俺の自転車につけておく」
 あとの五人がタカの下に集まってきた。
「収穫は」
「まあまあってとこだ」
「そうか。引き上げの用意をしておいてくれ。俺は乗客にあいさつをしてくる。お前は運転士を解放してくれ」
 部下の一人が運転席に、タカが客車に行く。
二両ある客車の一両に乗客が集められている。
「私が頭目のタカです。どうもご迷惑をおかけしました。私たちは車賊です。あなたたちの金品をいただきます。車賊ショーの観覧料だと思ってあきらめてください。なお、私たちは無抵抗の者を傷つけ殺めることはしません。ただ、車賊のしきたりに従って、獲物となった電車の機関長の首だけは獲りました。追跡を試みる者は容赦しません。では、よい旅をお続けください」
 タカはそれだけいうと、電車を飛び出した。止めてある自分の自転車に飛び乗って走りだす。ハンドルの前部には、数個の人間の生首がぶら下げてある。何個かは乾燥して縮んでミイラになっている。その中の一個を外して自転車の後部の篭に入れた。代わりに、いま獲った機関長の首を前部にくくりつけた。

 ジュゾウの打つ槌音に合わせて三十人の男たちがペダルをこぐ。この電車は特急電車だ。通常の電車より機関員の数が十人多い。
 トン、トン、トン、トン、トン。巡航速度だ。機関長席のパネルのLEDはグリーンだ。とりあえずは車賊の心配はなさそうである。 ジュウゾウはこちらを向いている三十人の機関員の表情を読む。パネルには押し釦スイッチが三〇個並んでいる。その内の二十個がONだ。
 ザンを出発して二時間。次の停車駅のアデリアまで三時間。先は長い。電車は順調に走行している。遅れはない。逆に十五分ほど進んでいる。
 ジュウゾウはスイッチを十二個OFFにした。十二人の男が足を休めた。だれを休ませるかは、機関長ジュウゾウの判断だ。いま、この電車は八人の男たちがこぐペダルで走行している。
 このあたりは車賊の心配はない。しかし、この先は最も危険な地域だ。先週もジュウゾウの後輩が機関長を務める電車が襲われた。 車賊に襲われ、捕獲された電車の機関長の命はない。斬首される。もし機関長が抵抗すると、乗客に危害が加えられる。機関長の首一つで、乗客と他の乗務員の命は保証されるわけだ。 
 いつから、こういう習わしができたのか判らない。機関長は電車の動力を司る。運転士以上に重要な役職だ。電車の運命は機関長が握っている。
 電車が車賊から逃げおおせたら、そのグループのリーダーはメンバーに首を取られる。新しいリーダーは、元リーダーの首を必ず逃げた電車に届ける。
 パネルのLEDが赤に変わった。ジュウゾウの手がすばやく動き三十個全てのスイッチがオンになった。カッ。鋭く短く木槌が鳴った。三十人のこぎ手全員がペダルに足をかけているが、こいでいるのは八人だ。ジュウゾウの合図一つで、三十人全員が全力でペダルをこぐ。電車はいつでも全速力を出せる体勢になった。
「出たか」インターフォンで運転席に聞く。
「はい」
「旗を持ってるか」
「ちょっと待ってください。双眼鏡で見ます」「持ってます」
「どんな旗だ」
「キツネの絵が描いてあります」
「そうか」
 車賊が接近してきた。ジュウゾウに緊張はない。
 車賊のリーダーが群れから離れ、電車と並行して走る。リーダーは手に持った荷物を竹竿の先にぶら下げて、伸ばしてきた。
「ジュウゾウ、スピードををもう少し落としてくれ」
 運転手から連絡があった。
 カコーンカコーン。木槌を打つリズムが遅くなった。
 運転席から、網が付けられた棒がでた。竹竿の荷物が網に入れられた。網が運転席に取り込まれた。
 車賊が去っていく。カン。木槌が大きく鋭く鳴った。電車は元の巡航速度に戻った。
 ジュウゾウの手元に、例の荷物が届いた。木箱に入っている。フタを開ける。人間の首が入っていた。先日の車賊の前のリーダーの物だ。
「ゴンジ」こぎ手の一人を呼んだ。
「どっちに」
「そうだな。客室に」
 ゴンジは首を持って客室に行った。客室の一番前、天井と出入り口の間にパネルが張ってある。そのパネルにドクロになった人間の首が展示してある。数は八個だ。ゴンジは脚立を持ってきて、九個目を取り付けた。
「ジュウゾウのコレクションがまた増えたな」
 乗客の一人が声をかけた。
「そいつは、この前のやつか」
「そうです」
「ワシはあの時乗っていた。あのバトルはすごかったな」
「私も乗っていた。さすがにあの時はダメかと思った」
 ジュウゾウが取った車族の首は、数え切れない。この客室には飾りきれない。電車の最後尾にも展示している。また、鉄道会社の展示室にも展示してある。
 客室に飾る首が多いと客が安心する。車族は電車の乗客には危害は加えない。電車が捕獲されれば、その責めは機関長一人が負う。機関長の首一つで、乗客、乗員の生命身体の無事は保証される。車族と電車の関係は、肉食獣と草食獣の関係だ。草食獣が減少して一番困るのは肉食獣だ。
 最後尾に展示する首は、獲物をうかがう車族への警告になる。
 終着駅に着いた。
「停止線まで十メートル」
 運転席から連絡が入った。スイッチをすべてOFF。カコーン。ひときわ大きく木槌を打つ。こぎ手全員が足を休めた。電車は惰性で動く。ブレーキがかかる。停止線でピタリと停止した。
 ぞろぞろと乗客が降車する。彼らが全員降車した後、運転士、車掌といった乗務員が降車して、最後に三十人のこぎ手と機関長のジュウゾウが降りた。
 会社の女子社員が花束を持って、ジュウゾウに近寄ってきた。駅の放送が鳴った。
「お知らせします。このたびの運行でジュウゾウ機関長は車族の首、一個取りました。これで、ジュウゾウ機関長の取った首は百個目になります。その栄誉をたたえて花束を贈ります」
 花束を抱えたジュウゾウの元に社長が歩み寄ってきた。
「おめでとう。ジュウゾウくん。君のおかげで、わが社の電車は乗客数ナンバー1の座を維持できる。君が機関長だと安心して旅ができる」
「ありがとうございます」
「ところで、次はどの首を取る」
「百一個目の首は決めているんです」
「だれだ」
「タカです」

「では、タカの百個目の首奪取を祝って乾杯」
 ヒゲ面の男がグラスを上げた。そこにいる二七人の男どもがビールを一気に空けた。座の真ん中に座るタカの背後のパネルにはずらりと首が展示してある。いずれ電車の機関長の生首だ。彼が乗る自転車に付けている分も含めてちょうど百個になる。
「タカ、さっ空けてくれ」
 老人がタカにビールを注ぎに来た。グループの最長老ジンだ。
「われわれ車賊は電車とともにある。電車あっての車賊ぞ。だから機関長の首を取る以外、乗客乗員だれ一人傷つけてはいかんのじゃ。乗客からいただく金品も必要以上いただいてはいかん。
 狙った獲物を取り逃がした車賊のリーダーは首を鉄道に差し出さなければいかん。電車の機関長と車賊のリーダーは首を賭けた勝負をしているのじゃ。お前はその勝負に百回勝った。もっと誇っていいぞ」
「意識して首を集めたわけじゃない。一族を養うために、成すべきことをしているだけだ。それに俺も首を失いたくない」
 タカはビールを飲み干していった。ジンにほめられてはいるが、さしてうれしそうではない。
「ジンよ、われわれ車賊で、機関長の首を百個以上取ったリーダーは二人だけじゃな。このタカと、七年前に首を取られたヨシノボリの二人だけじゃ」
 ジンの隣のもう一人の年寄りがいった。
「ヨシノボリは何個の首を取ったんじゃった」 ジンが聞く。年寄りは少し頭を傾けて考えた。
「一三四個じゃ」
「そうか、それじゃ今年中にタカが記録を塗り替えるな。どうじゃ」
「俺はそんなことは気にしていない」
「ヨシノボリの首を取ったヤツはなんというヤツじゃったかな」
「ジュウゾウちゅうヤツじゃ」
「ところでタカ、百一個目の首はだれの予定じゃ」
「ジュウゾウだ」

「来たか」
「来た」
「ジュウゾウに間違いないな」
「間違いない。電車のケツに首を十三個くっつけている。一番右の首が先週やられたオツジだ」
 丘の上に自転車が二十台。タカたち車賊だ。丘の下をレールが延びている。向こうがわにも丘がある。レールは丘と丘の間のV字型の谷の底を走っている。
 平原を走る電車は、タカたちがいる丘から、まだまだ離れた所を走る。V字型の谷にさしかかるまで、もう少し時間がかかりそうだ。 この谷に入る手前でレールは上がり勾配となり、谷を出ると下りとなり、後は平らな平原が地平線のはてまで続いている。
 どこで電車に襲撃をかけるか。谷をいかに使うか。谷を抜け、平原に出てガチンコ勝負といくか。
 電車が谷に入ろうとする。一気に勝負を決するのなら今だ。丘の上から駆け下りて、電車に飛び移り、車内を制圧、ただちに機関長のジュウゾウの首を取る。
 この時点での襲撃は、圧倒的にタカたち車賊にとって有利だ。そんなことはジュウゾウとて百戦錬磨の機関長、充分に判っているはずだ。  

 電車が谷に入った。両側から丘の上から見下ろされる。ここで襲撃を受ければひとたまりもない。
「カコーン」
 三十人のこぎ手全員が耳を疑った。停止の合図だ。谷の底で電車を停止させる。機関長は何を考えている。首はいらんのか。
「罠か」
 そうつぶやいたタカは、少しだけ考えた。罠なら罠でいい。あえて罠に飛び込むのも面白い。また、せっかくの罠だが、無視するのもいい。
 絶好の襲撃ポイントで停止するということは、襲撃してこいというメッセージを発しているのだ。いいだろう。お誘いに乗ってやろうじゃないか。
「GO」
 鋭く合図した。二十台の自転車がいっせいに丘を下った。
 その時、線路の向こう側の丘に砂煙が上がった。こちらと同じぐらいの数の自転車が、電車に襲いかかろうとしている。車賊だ。人数は、タカたちのグループと同じぐらい。二十人程度。その自転車は緑色に塗装されている。先頭を走るのは、一味のリーダーだ。
「ノリスだ」
 同じ電車に二組の車賊が襲いかかろうとしている。たまにあることだ。どうする。タカは瞬時の決断を迫られた。
 ノリス一味を撃破して電車を襲う。ノリスは無視して電車を襲う。撤退する。静観する。電車はどう動く。ノリスは何を考えている。ジュウゾウの首を取る。その目的のため、どうすればいいか。
 ただ、一つはっきりしていることがある。電車の機関長ジュウゾウも、車賊ノリスも、タカに勝るとも劣らない戦上手であるということだ。
 タカはそのまま自転車をこいだ。決断した。ともかく電車を襲う。ジュウゾウの首を取って、その後、ノリスと勝負をつければいい。「カンカンカンカンカン」
 木づちが連続して鋭く鳴った。全速力の合図だ。六十本の強力な脚がいっせいにペダルをこぎだした。電車は数秒で全速力に達した。タカとノリスは丘を半分ほど下ったところだ。一刻も早く電車の車体に取り付かなければならない。でないと双方のグループが激突する。
 電車の最後尾が目の前を通り過ぎた。障害物が消えた。タカの眼前にノリスがいた。電車は谷間を抜けようとしている。瞬時に決断した。ジュウゾウの首はお預け。自分の首を取られるのも嫌だ。
 ノリスには判断の迷いがあった。タカと対するのか、電車を追うのか。この差が勝負を決した。
 タカの右手が閃いた。ノリスの首の前を一条の光線が走った。赤く太い糸を引いてノリスの首が宙に飛んだ。

「カン」木槌が鳴った。停止だ。首をぶら下げた車賊のリーダーが線路上で待っていた。ジュウゾウはデッキまで出ていた。
「ジュウゾウか」
「そうだ。お前はタカか」
「俺がタカだ。受け取れノリスの首だ」
「残念だ。百一個はお前の首ときめていたのだがな」
「そんなこというとノリスに失礼だろう」
「そうだな俺が悪かった」
「でも、ま、百一個目はあんただという俺の望みはまだ残っている」
 タカはノリスの首をジュウゾウに手渡すと去っていった。

 初出 星群85号
 
 
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 自転車の事故... かぼちゃのた... »