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倉田看護師の手

「どの看護師さんか判りませんが、先日の私の手術の担当看護師さんに深く感謝しております。何人かの看護師さんが手術室におられましたが、そのうちのお一人の方が、ずっと私の手を握ってくれていました。初めての手術です。不安でした。麻酔を打たれ、意識がなくなるまでの、最も不安な時に、手の温もりを感じ、救われました。私が手術を無事終えることができたのも、あの看護師さんのおかげです。どうもありがとうございました」
「ぜひともお礼がいいたくて、この手紙をしたためました。先日の私の手術のおり、私の手を握り続けてくれた看護師さんがおられました。お顔は拝見できませんでしたが、さぞかし優しい看護師さんだと思います。あの時の手の温もりが未だに忘れることができません」
「あの看護師さんは私の命の恩人です。手の感触は一生忘れません。麻酔を打たれた後、そっと私の手を握ってくださいました。柔らかく温かい手でした。優しさそのものが、手を伝わって、私の身体に流れ込んでくるようでした。ありがとうございます」
 今日は七通来た。退院した患者から、感謝の手紙が病院に届くのはよくあること。医師や看護師、薬剤師、また事務職員、たまには清掃作業員に届くこともある。それらの手紙は必ず本人の手に渡る。それぞれの業務の励みとなるわけだ。
 一番多く手紙が届くのは、患者に直接接する看護部だ。一ヶ月前から特に多いのが、この看護師あてだ。内容はみんな同じ。手術の時、握っていてくれた看護師の手の優しさが忘れられない。感謝している。
 手紙ならいい。困ったことが起こった。直接会ってお礼をいいたい。あの看護師さんにあわせてくれという元患者が出てきた。若い男で、どうもその看護師に恋してしまったよう。極めて純情そうな青年で、ストーカーではなさそうだ。
 初めは手紙で、次に電話で、ぜひ会いたい。ひと言お礼をいうだけでいい。そのうち直接病院までやって来た。もちろん会わせるわけにはいかない。面会を断ると、ものすごく落胆して帰って行く。こんなことが何度もあった。
「わかりました。会わせてあげましょう。ただし、彼女がどんな女性でも、決して驚いたり落胆したりしないと約束できますか」
「はい」
「こちらへどうぞ」
 彼を連れて行ったのはナースステーション奥。患者から見えない所に連れて行った。机とイスが一組置かれている。机の上にはスタンドに入った写真が一枚。若い女性の写真だ。その写真は黒い枠で囲まれている。
「この人が、あなたの手を握っていた看護師です」
「どういうことですか」
「倉田亜由美看護師は、あなたの手術のあった日、病院から帰宅途中、交通事故に遭って亡くなりました」
 彼はその場に崩れ落ちた。ひざを床につけ写真に手を合わせた。長い間手を合わせていた。肩が震えている。泣いているのだろう。ずいぶん長い間、その姿勢のまま、そこでうずくまっていた。
 気がすんだのか、ふらふらと立ち上がってペコリと頭を下げた。
「ありがとうございました」
 泣きながら帰っていった。
「やれやれ、やっとこれで一件落着だ。倉田看護師もいいが、時々ああいう純情な青年が一目惚れ(?)するのも困りものだな」
「ところで、今度の手術も倉田看護師はスタッフにはいってるな」
「当然だ。彼女がいるのと、いないのでは患者の予後がまったく違う」
「ちょっと彼女のスケジュール表見せてくれ」「いいよ」
「うわっ、まったく休みがないな」
「倉田看護師はウチのスターだからな」
「倉田さんの設置場所はここでいいですか」
「ああ、そこでいい。麻酔と同時に倉田さんを起動させてくれ」
「オペ終了」
 ストレッチャーの乗せられて患者が運び出された。手術室に一台のロボットが残っている。女性の腕だけのロボットだ。
「倉田看護師をかたづけますね」
「ああ、メンテナンスを頼む」
「倉田亜由美さん、どうしているでしょう。あの写真は10年前のでしょう」
「どうしているのかな。看護師としては落第だったけど、彼女の手は絶品だった。手のやわらかさ、握る具合。手だけは優しい人だった。彼女の手のデータだけ残してもらって、手だけのロボットを造って良かったよ」
コメント ( 4 ) | Trackback ( 1 )
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コメント
 
 
 
SFだったのかー (海野久実)
2012-03-09 13:45:56
読みはじめて、これはホラーになるんじゃないかと思い、倉田さんが交通事故で亡くなったという事で、さらにホラーだと確信しましたが、SFでしたね。
そのうち時代が進むと体全体の倉田さんロボットも作ってほしいものです。

ぼくが想像したのは、何人もの患者さんからお礼の手紙は来るものの、手を握っていた看護師はいなかったという感じです。
あの手術室にはそういう手を握る霊が棲んでいるのか、それとも…
結末までは考えてませんが、考えて見るのも面白いかもしれませんねー。
 
 
 
海野久実さん (雫石鉄也)
2012-03-09 13:54:04
そうか、ホラーにしようと思えば、この話、ホラーになりますね。
実は、この作品SFマガジンのリーダーズ・ストーリーに応募して落選したものです。
ですから、最初からSFを意識して書きました。
 
 
 
Unknown (もぐら)
2017-04-20 23:10:22
桜も春の嵐で散ってしまいましたね。
紫のモクレンも素敵でした。
見せていただいてありがとうございます。

そしてお願いです。
こちらの作品 朗読させていただきたのです。
どうぞよろしくお願いいたします。
 
 
 
もぐらさん (雫石鉄也)
2017-04-21 08:45:14
桜のシーズンも終わったというのに、まだ、はだ寒い日がありますね。
この作品、朗読OKです。
楽しみにしています。
 
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