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真夏の雪

 粘着質の熱気が、身体にまつわりつく。頭上からふりそそぐ太陽光線は、悪意さえ感じられる。ふいてもふいても汗が流れ落ちる。公園の木立から聞こえるセミの声が騒々しい。
 日陰に駐車したかったが、適当な場所がなかった。商談に時間がかかってしまった。見込みのなさそうな客なので、切ってしまっても良かったのだが、紹介してくれた人が、特A級の上得意なのでムゲにできなかった。会うだけでも会おうと立ち寄ったわけだが、相手は案外乗り気で、契約がとれそうだ。次回の商談で、注文書がもらえそう。
 カンカン照りの路上に駐車してある、会社のライトバンに乗る気はしないが、そうもいっておれない。今日中に訪問すべき客は何人もいる。今月はノルマをクリアしそうにない。がんばらなくっちゃ。
 覚悟して車に乗り込む。モワアとした熱気が身体を包み込む。ハンドルとシフトレバーが熱くて持てない。一気に汗が吹き出して、ワイシャツが背中にへばりつく。ノドがカラカラ。確か、ペットボトルに半分ほど烏龍茶が残っていたはずだ。近くに自動販売機もないし、それでも飲んでおこう。
 お湯になっているに違いない。後部座席に転がっているペットボトルを手に取ってキャップを回す。暖かい液体が口の中に流れ込むのを予想して、口をつける。
 ウッ冷たい。キンキンに冷えている。なぜ、という疑問はとりあえず置いといて、ノドを鳴らしてゴクゴク飲む。
 しかし、しばらく飲んだら、その冷たい液体はなぜか口の中に流れこまなくなった。おかしいな。まだ有るはずなのに。ん、凍っている。ペットボトルの中で烏龍茶が凍っている。溶けた分だけ流れ出たのだ。
 とりあえず、ノドの渇きは癒された。で、置いといた疑問が持ち上がった。カンカン照りの路上に駐車していた、車の中の烏龍茶がなぜ凍った。真夏の昼下がり。周りは強烈なエネルギーを含んだ光が乱舞している。
 それを目にした瞬間の感想は、「暑いのにごくろうなこっちゃ」理解できなかったのだ。こういう状況でこういう光景を目撃することが。
 それは、男が横断歩道で信号待ちをしている、街中ではめずらしくもない光景である。ところが、その男はコートを着てエリを立て、マフラーを首に巻いて、寒そうに足踏みをしている。
 世の中にはおかしなやつがいるもんだ。なにか、おかしげな宗教の荒行かと思った。ところが、おかしなやつは一人だけではなかった。道の向こう側を、自転車で行く男は、皮ジャンを着こみ、スキー帽をかぶっている。横の家から出てきた女は、タートルネックのセーターに、手袋、ブーツといういでたち。その女が出てきた家の居間がチラッと見えた。ストーブがたかれている。
 どういうことだ、これは。今は真夏ではないのか。町じゅうでふざけているのか。何かのイベントか。
 そうこうするうちに、白いものがチラチラと空から降りだした。始めは、雪が少し舞う程度だったが、だんだんと激しくふりだし、ちょっとした吹雪になった。
 これはふざけているのでも、イベントでもない。人工で真夏に、雪がこんなに降らせるはずがない。
 一人の男が車の前を通り過ぎて、前の方に歩いて行った。その男の後姿を見て衝撃を受けた。コートのエリを立てて、寒そうに歩く姿は、私にそっくりだ。体格、歩き方、コートの着方、なにからなにまで、私にうりふたつ。違うのは、私は猛暑にさいなまれて汗まみれ、前の男は寒さに震えている。
 車を発進させた。どうしても確認しておかねばならない。その男が私なのか、たんなる他人の空似なのかを。
 男の横をゆっくりとしたスピードで通り過ぎる。バックミラーで男の顔を見た。私だった。車をUターンさせた。男が車のすぐ前に来た。驚愕の表情をしている。
 車の前部に衝撃を感じた。フロントガラスにひびは入った。ひびはダッシュボードから座席、床、リアウインドウまで広がった。私の身体にまでひびが入った。サラサラと車が崩れ、私が崩れた・・・・。
 私が消えた。

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コメント
 
 
 
とつぜん雫も凍る (bagabon)
2008-07-22 13:00:13
笑うセールスマンの話かと思いました。
暑い1日がごく短い時間の間に・・・
最後は本当に身震いするほどに寒くなりました。
「おーい、エアコン温度下げ過ぎや!」
 
 
 
お願いです (もぐら)
2017-07-06 13:42:29
7月になりました。
今年も恒例のホラー特集をやります。

ホラー特集とは言いながら世にも不思議なお話もご紹介したい。
そこでこちらの作品を朗読させていただきたいのです。
どうぞよろしくお願いいたします。m(__)m
 
 
 
もぐらさん (雫石鉄也)
2017-07-06 15:47:38
朗読OKです。
ホラー特集、楽しみです。
 
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