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とつぜん上方落語 第17回 猿後家


 べんちゃら。関西弁でんな。おべっか、ゴマすりのことでおます。そういや、植木等の歌でゴマスリ行進曲ちゅうのんがおましたな。
 この、「猿後家」という噺には、べんちゃらで食ってる男が出てきます。さる大店の後家はん(あ、しもた。ゆうてもたワシあかんわ)、ダンナを亡くしたあと、お家はんとしてお店を切り盛りしてます。これがごっつい有能なお家はんで、お店は繁盛してます。
 この、お家はん。ごっついべっぴんです。うしろから見たら。で、前に回ったら、このお家はん、猿みたいな顔してるんですな。本人もそれをえらく気にしてます。
 このお家はんのお店へ出入りしとる男がおるんですな。こいつがお家はんにべんちゃらいうんです。小野小町かてるての姫か、はたまたクレオパトラか楊貴妃か。うんとこさべんちゃらゆうて、お家はんのご機嫌を取る。そうなるとお家はんも気分ええさかい、なんぼか包んで渡す。このおっさん、それで生活しとるわけでんな。で、あるとき、ついうっかり「サル」とゆうてもた。お家はん怒らしてしもて出入り禁止。なんせ、お家はん、「サル」といわれるのんをごっつい気にしてる。「サル」とつく言葉は禁句なんです。そやからワシは冒頭で「さる大店の」ゆうたんはあかんのや。ワシも出入り禁止や。「さるすべり」とか「村田巨人をさる」もあかん。「このぐんにゃりした時計だれの絵や」「ダリや」「え、だりや」「だれや、やろ下手なしゃれゆうな。さるバドール・ダリや」こえもアウト。
 で、この男反省して、こんどは充分気をつけて、伊勢参りした時の話しをお家はんにした。お伊勢さんだけの話をすりゃええもんを、奈良に立ち寄った話しをしおった。これがあかん。この写真の池のことをいいおった。猿沢の池。
 しかし、まあ、なんですな。やっかいなお家はんですな。この家はんにべんちゃらゆうときの、ええ参考書がおます。筒井康隆はんの「残像に口紅を」や。あれは一つづつ文字が消えていき、その文字を含む存在そのものが世界から消えていくという話やった。
 このお家はんにべんちゃらゆうとき「さ」「る」を消してゆうたらええねん。すると「猿」はこの世に存在しないわけ。で、「猿」から進化した人類も消えるわけで、みいいんないのなったとさ。めでたしめでたし。




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