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みまもりナース

「松阪のおばさんは帰ったか」
「うん。おとうさんのことをくれぐれも気にかけろ、と、しつこくいってタクシーに乗ったよ」
 火葬場から帰って、初七日の宴が開かれた。最近は、葬式から七日たって、また親族が集まるのは時間のムダということで、火葬場から帰ってすぐに初七日の法要をすますことが多い。
 仏事の膳を食べ、精進落としの酒を飲んで、親族が順々に去って行った。最後に松阪在住の父の妹が帰って行った。連れ合いを亡くし、これから一人暮らしとなる父を盛んに心配していた。
「兄さん、お父さんをもう一度説得したら」
「したさ。ダメだ。一人でだいじょうぶといって聞かない」
「で、お父さんがOKといったら、結局、だれがめんどうを見る」
「やっぱ、長男のシゲにいさんが見るべきじゃ」
「うちはダメだ。なんせヨメさんがアレだから」
「そうだな。久代さんはオヤジの顔見ただけでゲロ吐くぐらいだからな」
「お前がこの家に引っ越して来て同居すりゃいいんだ。家賃がいらんからトクだぞ」
「博之が念願のN中に入ったんだ。できるだけ学校に近い方がいいんだ」
「ヨシニイの家は子供の教育第一だからな」
「末っ子のお前がここに来ればいいんだ。お前はまだ独身だし」
「オレ、来年当たり、MITに留学するかも知れないんだ」
 と、いうわけで、結局、七十五歳の三兄弟の父は、この家に一人で暮らすことになった。七十五歳と高齢者といってもいい年齢だが、まだまだ身体は元気で、自炊もできるし、認知症の兆候はでてない。月に1度は松阪の妹が様子を見に来るし、兄弟が順番に週に何回か顔を見に来ることになった。
 母の四十九日の法要である。
「私が、もっとひんぱんに来れるといいんだけど、松阪から神戸じゃ月に1度がせいいいっぱい。私もそんなにヒマじゃないんだし」
 叔母はそういうと、見慣れない電子機器を出した。
「これを兄さんにつけてあげて」
 マッチ箱ほどの小さなシール。「みまもりナース」と書いてある。かわいい女性看護師のイラストがある。
「これ、なんですか。叔母さん」
「兄さんの健康を守ってくれるものよ」

 息子たちと妹がおかしげなシールをワシの背中にくっつけていきおった。首の少し下、肩甲骨の間に小さなシールを貼り付けおった。薄いシールだから重くはないが、不思議なことにこいつがしゃべる。なんでも「えーあい」とやらが、このシールの中におって、ワシを見張っとるそうな。
「おはようございます。今のあなたの身長は168センチ体重76キロ。血圧上が158下が97。血糖値145。尿酸8.5。肥満で高血圧、糖尿病と痛風の心配があります。食事と適度な運動を心がけてください」
 朝起きると、必ずこんなことをしゃべりよる。こないなマッチ箱がどうしてワシの健康状態を知って、それをしゃべるのか判らんが、死んだ女房が生き返ったみたいだ。しゃべるのは朝だけではない。おりにふれて、しょっちゅうしゃべる。
「きょうの歩行数は2576歩です。あすは10000歩は歩きましょう」
「いけません。ウィスキーは200CC以上飲んではだめです」
「現在の時刻は21時27分です。21時以降の食事は許しません」
「ちょっと待ってください。イクラは魚卵です。魚卵はプリン体が多いからダメです。あなたはいつ痛風になってもおかしくないのですよ」
「お酒は2合までです。血糖値が上がります」
「またビールのアテは唐揚げですか。中性脂肪が275ですよ。あなたは」
「お風呂に入る時は脱衣場を温めてください」
「1日に水を2リットルは飲みましょう」
「前立腺のPSAが15になりました。近日中に泌尿器科に行ってください」
「胃酸が少々多いめです。胃潰瘍の再発が心配です」
「白内障の兆候が認められます。眼科へ行きなさい」
「コーヒーに砂糖を入れすぎです」
「トーストにマーガリンを塗ってはダメです」
 ええい。うるさいわい。マッチ箱を外してやった。
 携帯電話が鳴った。だれだ。松阪の妹だ。
「兄さん。『みまもりナース』外したらダメでしょう」
 また電話。長男の茂之だ。
「お父さん。糖尿と痛風になってもいいのか」
 う~む。こやつシールのくせに、妹や息子に告げ口しおる。これじゃ、女房の方がマシだった。あいつも口うるさかったが告げ口はせんかった。死んだ女房が恋しい。困ったもんだ。
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